シンガーはただ歌うだけ
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の世界を開放するために身を削るだけの覚悟と誇りがあった。
華があった。
解放軍という名前は、たとえ最後の一兵卒になろうとも、戦えない人々をこの世界から解き放つためなら命を捨てるという決意の表れではなかったか。
それが今はどうだ。
隊員は組織管理と利益の計上に腐心して世界解放など二の次三の次。
回る狩場は全て攻略組のお零れでしかない。
揚句、危険な場所に足を運ばない部下たちは段々とつけあがり、不届きにも市民から不当に税金と称した金を巻き上げて私腹を肥やしているという話まで耳に届いていた。
――こんな所で燻っていては、軍は終わる。
そんな焦りが、じりじりと彼の身を焦がした。
今も他のプレイヤーたちは攻略を続けているのだろうが、軍の居た頃よりもその勢いは確実に弱まった筈だ。
頭を過るのはクォーターポイントの悪夢、無念、そして想像する最悪の未来。
彼は人知れず、不満を蓄え続けた。
自分はまだ戦える。軍もこのような下層にばかり留まるから首が回らなくなるのだ。
ならば、戦うべきだ。
解放軍の誇りは未だ攻略組の誰とも知れない連中に勝るとも劣らないのだと見せつけるべきだ。
栄光を、もう一度この手に――その思いだけで今まで準備を続けてきたのだ。
次の74層のフロアボスを、アインクラッド解放軍のみで討ち取る。
討ち取って、我々はまだ最前線で戦えることを示すのだ。
今の攻略組にも、いまの攻略組にも、このアインクラッドの全てのプレイヤーにだ。
あの、次々にボスを撃破していた無敵の勢いを取り戻す。
そして、今度こそクォーターポイントに潜む悪魔を破る。
そうすれば、もう我々の見据えるものは念願の100層のみ。
軍の攻略復帰によって、閉塞した現状を一変させる。
その戦いの前に、どうしてもこの歌を聞いておきたかった。
(相変わらず・・・いや、昔より二回りほど上手くなったか?時間が経つのは早いな・・・)
既にこのゲームが脱出不可能になってから2年が経とうとしていた。
彼等が現実の時間を奪われ、自由を奪われてから2年だ。
現実世界では、茅場の言葉が正しいなら昏睡状態で2年もの間肉体が放置されている事になる。
全てがゲームシステムの下に統治された極めて不自然なこの世界に、男は違和感を覚えなくなってきていた。そう、まるでここも現実の一つであるかのように。
だがそれはこの世界とそれを用意した茅場晶彦に飼い慣らされている事でもある、と男は考える。
故にそれに縛られない人間の意志は、ゲームには支配できない。
そしてその意志を込めた彼の歌も、やはり支配できないものだ。
未来なんてものは、顔も知らない大人が用意する物じゃない――
だってそんなものは絶対に俺達の望んだ物とは違うだろう――
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