シンガーはただ歌うだけ
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ないが、友達二人は俺を見限って早々にフィールドに出ていったよ。薄情な奴らだが、正解だと思う・・・一緒に連れてかれてたら、耐えられなかったろう」
友達に捨てられた。
そのワードを平然と発する男の声には、どこか諦観にも似た響きが混じる。
きっと置いて行った相手の事を本当に信用しているのだろう。相手も辛かったはずだと思いたいのかもしれない。
その時、この人は本当は何を思ったのだろう。私と同じだけの絶望を抱いたのだろうか、それもと大したショックも受けていないからこんなところで楽器をかき鳴らしているのだろうか。
父さんと母さんはどう思うだろうか、私が出来損ないの子に成り果てて。
――何も思わなかったかもしれない。そんな声が頭の中で強くなった。
あの子は元々出来が悪かった。
諦めるいいきっかけになった。
そう笑っていないなんて、言い切れるだろうか。
そんな勝手な思い込みに翻弄されるのを嫌うようにかぶりを振る。
「暢気ね。皆こんなところに閉じ込められて落ち込んでるのに、不平等よ」
「歌ってギター弾くくらいしか出来ないんだよ。未だにプレイヤーウィンドウ開くのにも苦戦するんだから、もうどうでもよくなって歌ってる」
「なんだ、自棄なんだ」
「最初の日、友達2人を見送ってからやることが無くて、取りあえず久しぶりに一人で路上ライブしてたんだよ。昔は今以上に歌が下手でさ、カラオケで練習するのも金がかかるからそうやって歌の練習してた」
男が弦楽器のペグらしいところを摘まんで、顔を顰める。
「・・・なんだ、これ飾りかよ。弦の感触は本物と瓜二つなのになぁ」
「ゲームだもの、そこまでは必要ないでしょう」
「だがゲームであっても遊びじゃないってあのカヤバとかいうのは言ってたぞ?」
ぶつくさ文句を言いながらも楽器を抱え直した男は、再び歌を歌いながら演奏し始めた。
〜〜♪ 〜〜♪
その演奏は精々がカラオケで80点前後といった程度の歌唱力でしかない。
だが、何もかもがプログラムで決められたこの世界の中では、それだけがプレイヤーに許された唯一の自由の主張に思えた。
その歌が、語り掛ける。
お前が日常だと思ってた現実なんて――
今日にはもう砕け散って、なくなってるかもしれないんだ――
だったらお前がするのは、無くしものに拘泥するんじゃなく――
行動だ。与えられた環境を享受するんじゃない――
おまえの生きる世界にもぶち壊せない、おまえの行動をするんだ――
「・・・負けたくない」
口が勝手に言葉を紡ぐ。
紛い物の筈の体に熱い血潮が流れた気がした。
彼の歌うその歌詞の一つ一つが、彼女の胸に薪をくべた。
この世界に来て初めて感じる、激情。自分にこれほどの情熱が眠って
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