シンガーはただ歌うだけ
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ギターに似た弦楽器の音色だった。
特別な演奏技術がある訳でもなく、取りあえず弾けて音程が取れている程度の演奏。ピアノやヴァイオリンは親にやらされたことがあるが、発表会の類に出るのが当たり前と言うレベルの彼女にとっては、あまりにもその演奏は雑だった。
かといってギターなど演奏したことが無いのだが、教われば上手くなれる自信はある。
ともかく、この世界に来て長らく聞いていなかった「音楽」という身近な存在に、まるで夜の街灯による羽虫のように吸い寄せられた。
近づくにつれて、若い男の歌声も聞こえてくる。
〜〜♪ 〜〜♪
とてもシンプルなメロディの、いかにも今時の若者っぽい印象を受ける曲だった。
歌声は特別に上手くもなかったが、メッセージ性が直球で無駄な気飾りのない歌詞は、不思議と耳にすんなり受け入れられる。
段々音のする方へ足が進んで、曲がり角をまがった先にようやく目当ての人物を見つけた。
恐らく高校生か大学生くらいの男だった。NPCではない、プレイヤーだ。ギターのような楽器はどこで見つけたのか分からないが、アインクラッド特有の楽器なのか、ギターを民族楽器風にアレンジした独特のフォルムをしていた。
男の歌声が止まり、弦楽器が何度か弦でリズムを弾き、演奏はほどなくして終了した。
「何、やってるんですか」
そう話しかけて、私こそ何をやってるんだと自嘲した。
この世界は茅場晶彦に支配されて実質的に脱出不可能になった仮想世界という名の牢獄だ。何をやっていても結末は一緒だろう。
この会話もそのうち無意味なものになる。
私が死ぬことによって。
もしくは彼が死ぬことによって。
あるいは、両方死ぬことによって。
そんな事を考えているこちらに一瞥くれた男は、何でもないようにあっさり質問に答えた。
「語りびき・・・というか、路上ライブ」
「意味、あるんですか」
「あるさ。偶にどうしようもない顔した奴がここで俺の歌聞いてくれるから。君みたいなのがね」
その発言に感情は一切揺れなかった。ただ漠然と、「だからどうした」と思っただけだ。
今、自分の感じている虚無感と無力感を上回るような感情は生まれなかった。
そもそも、この男の歌を聞きに来たわけではない。ただ、日常に近いものを感じたというだけだ。本能的なものであって、私の意思とは言えない。
彼のその行為はこの世界では経験値にならないんだろう。
全く無駄な行為だった。
どうせこの世界では肉体は疲労を感じないが、彼のそれは何もせずに眠りこけて精神力を温存するよりさらに無為な行為に見えた。
「どうせ皆死ぬのに」
「かもしれない。俺なんか、戦いに出ればひとたまりもなくイノシシに吹き飛ばされることになるだろうな」
「弱いんだ」
「まぁな。自慢じゃ
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