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銀河英雄伝説<軍務省中心>短編集
Lebensgrundlage 〜帰るべき場所〜
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下ろした。言い知れぬ高揚感に呑み込まれ、肩で息をしながら、額ににじむ汗をハンカチで拭う。
住処を持たぬ民たちの旅は終わった。彼らは帰るべき場所を見つけたのだろうか。果たして自分はどこへ回帰していくのだろう。普段の自分であれば到底考えもしない疑問を、耳の奥に残る残響が問いかけてくる。自分の命さえ否定された、何もないところから始まったのだ。帰りたくはないし、帰るところなどないはずだ。
過重労働を強いられた腕のだるさを感じながら、オーベルシュタインはふっと小さな笑みをこぼした。いつの間にか、先日拾ったダルマチアンの老犬が、彼のチェロケースにもたれてうずくまっている。チェロの音色にも、主人の失笑にもまるで無関心に、けれど当たり前のような顔で眠っていた。
帰るならこの部屋に帰ろうと、オーベルシュタインは答える。かつて執事と過ごした至福の思い出と、彼の代弁者となる楽器たちと、知らぬ間に居場所を確保したらしいこの犬と、すべてに出会えるこの部屋に、いつかその時が来たら帰って来よう。そのために、今はただ、走り続けていくのみなのだ。
柄にもない想像だと、オーベルシュタインは苦笑した。久しぶりに弦を押さえた左手が鈍く痺れて、凍てついた心を狂わせたゆえんだろうと、口のなかで小さく言い訳をした。


(Ende)
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