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銀河英雄伝説<軍務省中心>短編集
Lebensgrundlage 〜帰るべき場所〜
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がら死んでいたも同じだっただろうことも。

既に理解していた。
彼が上官に投げかけた提言は正論などではなく、詭弁であったことを。惑星ひとつを焼いてしまうことの意味を。そして、その責めを負うことになる自分と、生涯苦しみ抜くであろう上官の弱さをも。
では、なぜそうしたのか。子ども時代は何についても受け身でしかなかった。だが、今や彼は、能動的に動く大人である。なぜ、惑星ひとつを焼いてしまったのか。貴族連合軍に打撃を与える手段、内乱の早期終結。上官へ進言したそれらの理由は、単なる装飾のようにどこまでも空虚だ。
正道を行く上官に、罪を犯させる必要があった。
己でも責めを追い、枷とする必要があった。
清濁併せ呑む真の覇者とするために。
生ある限り支え続ける自身の、脆い(たが)をはめ直すために。

人命はしかし、彼の理想よりも尊いもののはずだった。生きる権利を奪われた人々の気持ちを、彼はとうとう理解することがなかった。いや、生きる資格なしと烙印を押された彼ならば、誰よりも理解できるはずであった。分からない。自分はどうすべきだったのか。叶うことならば戻りたい。戻って、やり直したい。……どこへ?
だが、事態はもはや過去のものとなっており、後悔は許されない。彼はこれを足枷とし、主君と僚友たちからの非難を一身に浴びて、そうして自身の権力を掣肘するものを増やして歩いて行くのだ。それが、彼の選び取った道なのである。

曲は第二楽章に入る。古の流浪の民があてもなく彷徨い歩きながら、誰にともなく歌いかける物悲しい歌。スコルダトゥーラを活かした独特の音階で奏でられる旋律は、彷徨う民たちの混迷を思わせた。ヴァイオリンかと聴き違えるような高音の泣き声が、オーベルシュタインの疲労した頭を締め付ける。時折入るピッツィカートはまるで小さな嘆きのように始まり、やがて泣き声と呼応して溜息となって終わる。第三楽章は一楽章のモチーフを引き継ぎながら、しかしまったく新しい疾走の始まりだった。どれほど迷いながら歩いても、もう後戻りは赦されない。力強く一息に、時に軽快に、彼の愛器はステップを踏む。これまでのどの楽章よりも色彩豊かに、モノクロームの世界から脱するように、オーベルシュタインはあらゆる技巧を駆使して奏で続けた。ふいに襲い来る揺り戻しと戦い、惑い、けれど打ち勝ち走り続ける。音楽は二の足を踏んではならぬものだ。どのような曲であれ、常に先を考え、望み、流れてゆくものである。己自身も、今は明日を、明日は明後日を、今年は来年を、来年は十年後を見据えて歩んでいかねばならない。
曲が何かを躊躇するように、けれど覚悟を決めるように低音から高音へとのぼってゆく。しばしの余韻、そして冒頭と同じ低いB音へ回帰して終わった。
「……っ……ふぅ……」
オーベルシュタインは弓を置くと、だらりと腕を
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