第一部 学園都市篇
第2章 幻想御手事件
七月二十四日:『涓滴岩を穿つ』
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り正確に言えば、その付け根のリボンに手を伸ばし────するりと解く。それを、止血帯として右腕に。
「黒子ちゃん────いいって、マジで。ホントにこんな傷、放っといても治るから」
「いいえ、キチンと手当てをしておかないと後で化膿したりと危険ですもの」
「ごもっとも……」
意趣返しのように、今度は黒子が正論を述べる。無論、ぐうの音も出ない。
荒事には慣れている為か、手際が実に良い。元々赤いとは言え、もうこのリボンは使えまい。
「悪い。礼は、必ずするから」
「それでは、いつまでも終わりませんの。結構ですわ」
ストレートのロングヘアとなった彼女が、ふう、と息を吐く。妙に大人びた表情、髪を下ろすだけで印象がガラリと変わるのは女性の特権か。
首の傷も、『治癒』の神刻文字のお陰で薄皮が張られた状態まで回復している。これなら、動くくらいは問題ないだろう。
「それと……」
遠くから、車の音。どうやら、警備員が先に着いたようだ。
しかも、装甲車と救急車。喧しいツートップだ。中から、十人近い完全武装の警備員が現れる。どうやら、あの怪獣の暴れた地点と勘違いしたらしい。
状況説明の必要を感じ、嚆矢と黒子は立ち上がる。一斉に周りを騒音と人熱れが包んで。
「護ってくださって……ありがとうございますの」
「え──何? ゴメン、周りが五月蝿すぎて聞こえなくて……」
だから、聞こえない。顔を背け、長い髪に表情を隠した黒子の言葉を、完全に聞き逃した。
だから、首の傷が開かないように体ごと向き直って。
「別に、何でもありませんわ。この件は、貴方の『秘密』は、わたくしの胸の内に留めておくと。それだけですの」
くすりと、朗らかに笑う。恐らく、知り合って間もなくの頃以来、向けられた笑顔。ただし、知り合って間もなくの頃よりも、近い距離で。
だから、一瞬迷う。また、『空白』で消す事を。取り返しようもない、空虚を刻む事を。先程の古都のように、『魔術』に関する記憶を消そうと、その肩に伸ばしていた左手が、止まる。
「では、わたくしはお姉様のところに行って参りますわ。ごきげんよう、先輩」
「あ────」
それを止められる訳もなく、空間移動で黒子は消えた。やはり、能力的に相性が悪い。触れないと何も出来ない、自分の能力と魔術の脆弱を思って。
「……莫迦が。秘密を共有したくらいで、なに喜んでンだ。餓鬼かよ────」
悪態、吐いて。事情を聴いてくる男性警備員に、作り笑いで応じて。
「……餓鬼かよ、俺は」
『贋物』で、『本物』を隠して。これで、後に『幻想御手事件』として長らく記録を残す
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