ダプニス
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たのだ。そしてそれは他ならぬ自分であったのだ。
彼女は彼を恋人として見ていた。だが彼は彼女を友達として見ていた。そこが最大の不幸であったのだ。彼は彼女の気持ちに気付いてはいなかった。そして恋とは何かもわかっていなかった。失ってそれが何なのかわかった。だが同時にもうそれは決して戻らないものだともわかった。
「僕が悪いんだ」
歩き疲れた彼はある河のほとりに座り込んだ。そして一人こう呟いた。
「僕が彼女のことに気付かなかったから。それで彼女は」
涙が出て来た。あの時の彼女と同じように。そしてそれは止まることがなかった。
彼はそのまま泣き続けた。何日も何日も。悲しさと自分が彼女にしてしまったことに対する気持ちで。涙は止まりはしなかった。そしてそのままその場に倒れてしまった。動かなくなるまで泣き続けた。そして遂に死んでしまったのであった。
彼が死ぬとそこに誰かがやって来た。それは兄であるパーンであった。
「済まない」
彼はまず弟の亡骸に対してこう謝った。
「私は御前にもう一つ大切なことを言い忘れていた」
倒れ伏し動かなくなった弟に言う。
「愛のことを。それを御前に言っていれば」
ダプニスは一言も話しはしない。泣き疲れた目を伏せてそこに倒れていた。
「そうしたらこんなことになりはしなかっただろう。本当にすまない」
謝ってもどうしようもないのはわかっていた。だが彼は己の愚かさと罪を償わなければならないと思っていた。
「せめて御前を忘れない為に」
彼は弟に手を触れた。するとその身体が急に小さくなった。そして赤紫の花となった。
小さな花弁が半球に集まり毛玉の様な花であった。棘があるが美しい花であった。
「御前を花に変えよう。そして何時までも野原に、そして私の心に留まってくれ」
彼は泣いていた。それはエケナイスやダプニスが流した涙とはまた別の涙であった。しかし心からの涙であった。それが頬を流れていた。
こうしてアザミの花は生まれた。今でも夏になれば野原に彼はいる。何時までも何時までも。それまで知らなかった恋というものを見守る為に。そこで遊ぶ恋人達を見守っている。
ダプニス 完
2006・1・25
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