第百七十四話 背水の陣その七
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「違います」
「そうですか、では」
「あの軍を率いているのは」
「柴田勝家です」
彼だというのだ。
「織田家の筆頭家老の一人の」
「そういえばあの馬印は」
「まさに」
「はい、そうです」
見ればだった、柴田の馬印があった。その他にもだった。
「佐久間、丹羽、滝川、羽柴、明智と」
「まさにですな」
「織田家の主だった者達は揃っておりますな」
「織田家の武の者達が皆います」
こう言った謙信だった。
「敵兵は五万、我等も五万」
「数は互角ですか」
「兵の数は」
「そうです、相手にとって不足はありません」
美女を思わせる流麗な瞳を鋭くさせて言った謙信だった、そしてだった。
自らだ、右手に刀を抜いて言った。
「ではいいですね」
「今よりですか」
「攻めまするか」
「私についてくるのです」
謙信は毅然としてだ、織田家の青の軍勢を見据えながら言った。
「よいですね」
「畏まりました」
「では殿と共に」
二十五将も応える、そして。
兼続もだ、こう謙信に言った。
「では殿」
「私についてくるのです」
織田家を見据えたままだ、謙信は兼続にも言った。
「よいですね」
「畏まりました」
「織田の諸将よ、見るのです」
目は織田家の軍勢から離れない、そうして。
自ら先頭に立ち突き進んだ、その後に上杉の軍勢が続く。今ここに織田と上杉の戦、青と黒の戦が幕を開けた。
その謙信を見てだ、佐久間盛政が柴田に言った。
「来ました!」
「うむ、先頭にじゃな!」
「上杉謙信です!」
彼がだ、自ら先陣を切っているというのだ。
「敵の総大将自ら来ました!」
「普通なら有り得ぬわ」
驚きを隠せない顔で言う柴田だった。
「敵の総大将が自ら先頭を切って来るなぞ」
「しかし相手は」
「上杉謙信じゃ」
だからだというのだ。
「北条にも武田にもやった」
「小田原と川中島で」
「だから今もな」
あの時と同じく、というのだ。
「来たのじゃ」
「謙信自ら」
「そうじゃ、まさ軍神じゃ」
「してどうしますか」
盛政は顔を強張らせて柴田にまた問うた。
「ここは」
「守りを固めよ、迂闊に前に出るでない」
ここはそうせよと言うのだった。
「よいな」
「ここはですか」
「そうじゃ、守れ」
今は、というのだ。
「相手は強い、退くな」
「むしろ前に出て、ですか」
「どのみち退くことは出来ぬ、ならな」
「前に出て守りますか」
「そうじゃ、よいな」
「はい、さすれば」
盛政も柴田の言葉に頷いた、もっと言えば頷くしかなかった。この状況ではそれしかなかったからだ。それでだった。
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