第七章
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第七章
「そうです。そして女学院に」
「わかりました。では井伏さん」
彼女の姓を呼んだ。
「また縁がおありでしたら」
「はい、また」
「御会いしましょう」
この時はこれで別れた。しかしそれから数日後。また下宿に帰る途中だった。そこで祥子と会ったのだった。今度はお互いすぐにわかった。
「あっ、また」
「御会いしましたね」
「ええ」
お互い顔を見合わせて言葉を交えさせる。
「まさかまた御会いできるとは」
「思いませんでした」
こう伊藤に返してきた。
「しかも同じ場所で」
「そうですね。ところで」
「はい」
「また。何かあってはいけませんので」
こう祥子に話を切り出してきた。
「宜しければまた送らせて頂いて宜しいですか?」
「はい」
静かに微笑んで伊藤に応えてきた。
「宜しければ。御願いします」
「わかりました。それでは」
こうして伊藤はまた祥子を家まで送ることになった。夕焼けの赤い光が横須賀の街を化粧している。海は赤と銀に輝いている。その海を横で見ながら祥子に言ってきた。
「あのですね」
「何でしょうか」
「生まれてからこちらなのですか?」
こう彼女に問うたのである。
「ここで。住まれているのでしょうか」
「いえ、元は東京でした」
「東京でしたか」
「母の生まれは山形でした」
今度は祥子から言ってきた。
「東京に出てきまして。それで」
「お父上と御会いしたのですね」
「そうです」
伊藤の問いに答えてきた。
「そうです。そこで」
「そうだったのですか」
「生まれてから暫くは東京にいました」
「東京のどちらに」
「赤坂です」
「赤坂に」
「はい」
伊藤に述べてから頷いてきた。
「そこに。小さい頃はいました」
「そうだったのですか。赤坂に」
「ですが。母の身体が悪くなって」
「お母上が」
「労咳でした」
ここで当時はよくあった病気が出て来た。所謂結核である。これは長い間かかってしまえばそれで命はないという恐ろしい病気であった。これで命を落とさないようになるのは終戦直後からである。ペニシリンが開発されてそれが克服されたのである。だがそれまでは確実に死に至る病であったのだ。
「それのせいで」
「ここに移られたのですね」
「父の薦めでした」
俯いた顔で伊藤に答えてきた。
「それで。こちらに」
「左様でしたか」
「ええ。それでここに」
「ではここはもう長いのですか?」
「十年になるでしょうか」
答える祥子の顔は過去を見ているものであった。
「もう。ここに来て」
「長いのですね」
伊藤はそれを聞いて顔を正面に向けて述べた。
「それではもう」
「長いですか」
「私はまだ一年も経っていません」
今度は己のこと
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