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良縁
第四章
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第四章

「それはもう」
「戦艦の甲板士官だが」
 言うまでもなく海軍の中でもエリートコースである。
「大変だろう、実に」
「いえ」
 しかしこの問いにはこう返したのだ。毅然として。
「やりがいのある職務です」
「やりがいがあるか」
「はい」
 毅然とした言葉であった。
「ですからそうは」
「そうだ。それでいい」
 艦長は今の伊藤の言葉に満足した顔で頷いてみせてきた。
「その意気だ。それが海軍だ」
「海軍ですか」
「何があっても苦しいことはない」
 これは意地なのだ。
「そういうものだ。だからだ」
「辛くはありません」
「そういうことだ。どんな職務であっても果敢に挑み果たす」
「戦場にあっては果敢に戦い勝利する」
「そういうことだ」
 当時の海軍は常に実戦を念頭に置いていた。そういう時代だったのだ。だから彼等も今ここで戦場や勝利という言葉をあえて出しているのである。
「わかったな。それではだ」
「はい」
「そのやりがいを忘れるな」
「わかりました」
「それでだ」
 艦長はここまで話したところで不意に言葉の調子を変えてきた。
「一つ言っておくことがある」
「何でしょうか」
「職務とは直接的には関係がない」
 まずはこう前置きしてきた。
「直接にはな」
「直接にはですか」
「しかし必ずしておかなければならない」
 だがこうも言うのだった。
「必ずな。つまりだ」
「結婚ですか」
「いいぞ。鋭い」
 伊藤がすぐに答えてきたのを聞いて不敵に笑う艦長だった。当然褒めているのである。
「その鋭さがなくては駄目だ」
「有り難うございます」
「そう、結婚だ」
 あらためてこう答えてきたのである。
「結婚だが」
「それはどうも」
「今のところ相手はいないか」
「はい」
 一言で答える伊藤だった。隠すところはなかった。
「まだ。それは」
「娶るのは早い方がいい」
「早い方がですか」
「そうだ」
 艦長はまた答えた。
「できるだけな。早い方がいい」
「左様ですか」
「わかったな。だからだ」
 これまでよりもリラックスして話をしていた。フォークとナイフを使うその手の動きも早い。
「相手を見つけろ」
「相手をですか」
「そうでなければこちらから見つけてやる」
 つまり見合いというわけだ。この時代海軍だけでなく陸軍の将校もまた早いうちに結婚を勧められそれをしてきた。相手は良家の出が多かった。
「それでいいな」
「わかりました。それでは」
「自分で見つけるか?」
「努力します」
 これまでよりもずっと歯切れの弱い返事であった。
「まずは自分で」
「まずはか」
 艦長は伊藤のその言葉を聞いてまずは考える顔になった。しかしそれはすぐに止めたのだった。
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