第三章
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第三章
「御前は海軍だぞ」
「うん」
「しかも将校じゃないか。それでどうしてそんなことを言うんだ」
「じゃあどう言えばいいんだい?」
「お国の為だろう、やっぱり」
この時はまだこう軽く言われるだけだった。これが深刻に言われるようになったのはやはり戦争になってからだ。全てを覆ったあの戦争になってからだ。
「そうだろう?」
「まあそうだけれど」
「わかっていたらそんなことを言うな」
言葉が厳しくなっていた。
「わかったな」
「わかったよ。それじゃあ」
「まあとにかくいい人を紹介してもらえ」
「そんな話もあるんだろう?」
「多分」
今度の返事は今一つ要領を得ないものだった。
「そうだと思うけれど」
「何か頼りない返事だな」
「まだ自分がなっていないからね」
だからなのだった。海軍将校はそうした縁談の話には事欠かなかったがそれでも伊藤はまだ自分自身が受けてはいない。だからこう答えるしかなかったのだ。
「だから何とも言えないよ」
「だからか」
「うん。それにしても」
ここで腕を組んで両親に対して言う。
「どうなるのかな、そっちは」
「いいようになればいいけれどね」
「そうだね」
母親に返すのもこんな調子だった。何はともあれ彼は家族との久し振りの団欒をこうした感じ過ごした。それが終わり横須賀に戻るとまた仕事の日々だった。仕事が終わっても何かと忙しく船から出ることも容易ではなかった。だが時々艦長から声がかかり外に出ることができた。この日がたまたまそうだった。
宴会だった。宴会では今日はレストランだった。そこで船の士官達が集い楽しく美酒と美食に興じていた。見ればメニューはステーキだった。
「このステーキは凄いぞ」
「凄いといいますと」
「あれだ。英吉利のものだ」
見事な口髭を生やした艦長が部下の問いに応えていた。
「英吉利風のな。焼き方なのだ」
「英吉利のですか」
「そうだ、本場のな。どうだ」
「ふむ。確かに」
「見事な焼き方ですな」
「英吉利の料理はまずいという」
艦長は不意にこのことを言った。
「しかしだ。海軍は違う」
「そうですな。確かに」
「あのビーフシチューもまた」
「そうだろう?あれもいい」
「全くです」
「流石はロイヤル=ネービー」
部下達は少し相槌を打つようにして言っていた。皆軍服のままである。海軍だけでなく陸軍も軍服で外に出て宴を行うのが普通だったのだ。
「ではこのステーキを焼いているシェフは」
「馴染みだ、わしのな」
「艦長のですか」
「わしがまだ大尉の時にいた船での給養班だった奴でな」
「ほう、そうだったのですか」
「それが今ではここにいる」
つまり海軍出身というわけである。
「そういうわけでな。知っているのだ」
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