第十章
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副長もまた言うことは同じだった。
「だからだ。諦めろ」
「どうしてもですか」
「そうだ。ここは退け」
こうまで言うのだった。
「これからは会わない方がいいな」
「彼女ともですか」
「別に会わないこともできるだろう?」
「違うか?」
今度は二人で彼に問うてきたのだった。
「だからだ。いいな」
「諦めるのだ」
「左様ですか」
「うむ。我々は賛成しない」
「そういうことだ」
上官からの命令であった。
「ならば。いいな」
「忘れるのだ」
「・・・・・・・・・」
返答できなかった。海軍ならば即答するものだ。しかし今回ばかりはそれがどうしてもできないのだった。伊藤は俯いたまま沈黙していた。
しかし艦長も副長も。その彼の心がわかっているのかあえてこう言うだけであった。
「今はいい」
「答えられなくともな」
「申し訳ありません」
「しかしだ」
「あまりにも噂の多い人物だ」
このことを言うのである。
「しかも妾の娘さんだ」
「ならばな。忘れるしかない」
こう言って彼を止めた。彼も答えることができなかった。それから数日彼は船から出なかった。とても出られなかった。そして出るようになってからも。彼女の通る道はあえて避けて通った。こうして自分から忘れようとしたのだ。だがある休日に。それは突如として終わってしまった。
「あっ・・・・・・」
「お久し振りです」
あの袴ではなく白い洋服を着ていた。その服を着た祥子と横須賀の街で会ってしまったのだ。これは全くの偶然の結果であった。
「近頃どうされていたのですか」
穏やかに彼に問うてきた。
「御会いできませんでしたが」
「それは」
本当のことは言えなかった。つい口籠ってしまう。
「何でもありません」
「お忙しかったのですか?」
「ええ、まあ」
そういうことにしたかった。だからその言葉に乗って頷いた。
「実は。それで」
「そうだったのですか。それでですか」
「ええ、おそらく今後も」
「それではですね」
祥子はまた静かに彼に声をかけてきた。
「今はお休みですよね」
「はい」
避けたかった。だがそうはいかなかった。自分でもあがらえない何かがあった。それに逆らえず彼女の言葉に応え続けていたのだ。
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