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良縁
第一章
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「うん」
 父の言葉に頷く。
「楽しいけれどね。好きなものは食べられないよ」
「そういうものか」
「色々とあるから」
 海軍の宴会というものはそうだったのだ。若い頃はあくまでお供なのだ。
「だから。どうしてもね」
「鯉も食べられないか」
「縁がなかったよ」
 こういうことだった。
「残念なことにね。食べるのは海のものが多いね」
「まあそうだろうな」
 息子のその言葉にある程度納得したという感じで応えた。
「そういうものだろうな」
「まあね」
「わしはそういうことは経験ないがな」
 農家にあってはそれも当然だった。宴といえば村の皆で集まって楽しく飲む。そういうものなのだ。海軍のそれとは全く違っているのだ。
「そういうものなんだな」
「うん。だから嬉しいよ」
 にこりと笑って父に告げた。
「今こうして鯉が食べられるのがね」
「いつもいいものを食べているのだろう?」
 当時の海軍は将校と下士官及び兵士で食べるものが違っていた。将校はかなり豪勢なものを食べていたのである。これはイギリス海軍に倣ってのことだった。
「それでもか」
「だから。好き嫌いは別だよ」
 これが彼の言葉だった。
「味はね」
「そういうものか」
「それでさ。父さん」
 話をしながら父に問うた。
「鯉はどう料理するの?」
「鯉こくだ」
 料理の名を息子に言った。
「それでいいな」
「うん、有り難う」
 父の言葉を受けて穏やかな笑顔になった。
「じゃあそれを頂くよ」
「しかし。おかしなものだな」
 父は息子と話しつつそれまで思っていたことを口に出した。
「偉くなっても好きなものは食べられないものか」
「うん」
 彼もまた父の言葉に頷く。
「そうみたいだね、本当に」
「世の中は上手くいかないものだな」
「そうかな。上手くいってるじゃない」
「そうか?」
 息子の言葉に首を捻ってしまっていた。
「そうは思わないがな」
「だって僕がさ」
「ああ」
「海軍に入ったんだよ」
 微笑んで父に告げたのだった。
「しかも兵学校に。卒業して今もこうしてここいいるしさ」
「確かに凄いがな」
 それだけ海軍、しかも兵学校に入るということは凄いとされた時代だったのだ。だから父も息子のこのことを振り返って凄いと言うのだ。

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