暁 〜小説投稿サイト〜
アリアドネの糸
第三章
[1/3]

[8]前話 [1] 最後

第三章

 ラビリンスの中には何の気配もなかった。魔物がいると聞いていたがその気配も唸り声の類も全くなかった。何も感じずに聞かなかったのである。
「おかしい」
 次第に彼は思うようになった。
「何の気配も感じない。これは一体」
 怪訝に思いながらも先に進む。少しずつだが奥に入っていく。一番奥は玄室であった。その玄室に入る前に彼は心を身構えさせた。
「ここにいるのなら」
 拳を作ってそれを胸に掲げる。本気であった。
 素手でも自信があった。これまで神の血を引く悪漢達を素手で叩き潰してきた。だから今度のそれで倒すつもりだったのだ。これまでと同じように。
 玄室の扉を開ける。部屋に入るとすぐに身構える。だがそこにいたのは。
「貴女は」
「はい」
 何とそこにいたのはアリアドネであった。おずおずとした様子で白い玄室の中に立っているのであった。その白い服を着て。
「この迷宮には怪物なぞいなかったのです」
「では一体どうして」
「この迷宮は。試練の為の迷宮だったのです」
「試練の為!?」
「そうです」
 彼女は言うのであった。
「父上がこの迷宮を突破した者を試す為にです」
「怪物を倒すのではなく」
「この迷宮を潜り抜けるのには力は必要ありません」
 それは言うまでもないことであった。この迷宮は力では抜けることができないものであった。テーセウスも最初からわかっていた。
「父上は知恵を試されていたのです」
「知恵をですか」
「私は。これまでいつもこの糸を挑戦する方々にお渡ししていました」
 そうだったのである。だがそれでも。
「けれど。受け取られる方はおらず」
「そうして。迷宮を潜り抜ける者はいなかったのですか」
「はい、そうだったのです。ですが貴方は」
「私は。ただ貴女のお話を聞いただけです」
 テーセウスは穏やかに微笑んでアリアドネに応えたのであった。
「貴女の御好意を。それだけです」
「それこそが知恵なのです」
「それこそがですか」
「そうです。人の話を聞き分ける知恵」
 アリアドネはまた言う。
「父上はそれをお試しになられていたのです」
「左様でしたか」
「そしてもう一つ」
 まだあるのであった。
「父上が試されていたことがあります」
「王がもう一つ試されていたこと。それは」
 アリアドネの言葉は続く。それは。
「勇気です」
「ですね」
 やはりテーセウスは聡明であった。それもわかっているのであった。
「そのもう一つは」
「そうです。恐ろしい怪物がいるとわかっていても迷宮に挑戦する勇気」
 それもまた試されていたのであった。試されていることは一つではなかったのだ。
「貴方にはそれもありました」
「そうでしたか。では私は」
「その両方を持っておられる方。そして」
[8]前話 [1] 最後


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ