8章 美樹の恋 (その3)
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サンデルさんの講義の本だわ。
正義って、そんなふうに、あやういっていうのかしら、
正義も哲学も、むずかしいことだわよね。
終わりのない問答をしていくようなものかもしれなくて。
ウィトゲンシュタインも、いっているでしょう。
すべては、言語ゲームになったのだって。
わたしも、そんなふうに思うの。
そんな、真摯な、ゲームの感覚で、すべてを
楽しむことが、大切なんだろうなって」
そういって、美咲は、陽斗に、やさしくほほえんだ。
そのときの美咲の姿が、陽斗の心の中に、
いつも、思い出されるのであった。
「ウィトゲンシュタイン、おれも好きなんです。
文章が、コピーライターのように簡潔で、
かっこいいですよね。
『論理哲学論考』のラストの
『語りえぬものについは、沈黙せねばならない』なんてね」
そんな会話で、陽斗と美咲は、たちまちのうちに、
心が、うちとけあったのだった。
「わたしも、姉貴には、かなわないけど、
哲学とか、人生について考えるのは、好きなほうよ」
といって、美樹は、陽斗を見つめて、やさしくほほえんだ。
「おれと美樹ちゃんには、哲学とかよりも、アニメや音楽や小説とかの
芸術っぽい話題のほうが、話が合うよ」
「そうよね。わたし、はるくんとなら、楽しい話が、
いつもありそうな気がする・・・」
ふたりは、ピザハウス『ナポリズ』の店内で、
まわりが振り向くような声で、わらいあった。
食事のあと、ふたりは、渋谷駅から小田急線に乗って、
下北沢駅に降りたった。
美樹は、ネイビーのポンチョ風ニットカーディガン、
ペールピンクのブラウスと、
セピアローズのレーススカートといった、
さわやかな春に合ったファッションだった。
陽斗は、ネイビーのデニム・ジャケットに、白のTシャツ、
ベージュのデニムパンツといったファッションだった。
≪つづく≫
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