ステイルメイト
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うた。
「先ほどの答えを聞いていなかったな。卿はあの部下のナイフをかわす自信があるのか?」
ラインハルトの声が、咎め立てるように響く。オーベルシュタインはしかし、はっきりとかぶりを振った。
「チェスは終了しました」
「だが、引き分けのままだ」
オーベルシュタインはもう一度かぶりを振ると、若干の嫌味を込めて丁寧に説明してやった。
「閣下は、この勝負が続く間とはおっしゃいましたが、勝敗が決するまでとはおっしゃいませんでした」
冷たい表情を微塵も崩さず正論を突きつける参謀は、チェスに興じても彼らしさを失わなかった。
「ステイルメイトか」
ラインハルトは忌々しげに親指の先を口元へ当てると、それと分かるように舌打ちした。そんな上官へ無駄のない所作で頭を下げると、部屋を出ようと足早に歩き出す。ドアを開けようとしたところで、背後から主君の声が投げかけられた。
「待て、オーベルシュタイン」
振り返ると同時に小さな箱が飛んできた。咄嗟に受け取ったそれは、普段手にすることのないオーベルシュタインでも知っている、有名ブランドのチョコレート菓子の箱であった。
「卿は思いのほか部下想いの上官のようだ」
発言の意図を図りかねて顔をしかめると、ラインハルトがククッと笑った。
「部下想いの上官としては、部下から一方的に祝われては面目が立たぬであろう。茶菓子にでもするが良い」
手にしたチョコレートの箱へと目を落とす部下に、上官は笑みを崩さなかった。
「質問の答えは、聞いたも同然のようだ」
楽しげに笑うラインハルトへ、表情のない義眼が向けられた。オーベルシュタインは黙したまま一礼すると、今度こそラインハルトの執務室を辞して、ドアを閉めた。
彼の手に託されたのは、オレンジピールの入った紅茶に良く合う甘そうなチョコレートであった。
「ステイルメイトか」
小さく呟くその顔には、何の感情も表れていない。
廊下を歩くオーベルシュタインは、今になって、主君の前で晒した己の失態に気付いた。あからさまに戸惑うべきことなど、ありはしなかった。あの場ではどうとでも答えようがあったではないか。自分は引き分けたのではない、負けたのだ。洒落た小箱を握る左手が、急に血の気を失って冷えていくような気がした。
ステイルメイト、それは意図的に作り出すことのできる引き分け。故意に身動きのとれない形を作りだすことで、負けることなく戦いを終えることができる逃げ技。盤上で引き分けて主君との会話を切り上げようと策を弄したつもりが、何のことはない、盤の外では完膚なきまでに負けていた。
敗北の証のチョコレートを手に、部下の待つ執務室の扉を開ける。途端に、くすんだ銀髪の端正な笑顔に迎えられた。ティーカップを応接セットのテーブルに並べ、さも当然のような顔で敬礼を向けてくる。
不思議な男
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