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銀河英雄伝説<軍務省中心>短編集
ステイルメイト
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シュタインはついと視線を外すと、チェスの盤面に目を落とした。二人の対局は、初めオーベルシュタインの優勢に傾いていたものの、現在ではラインハルトが圧倒してきていた。
”この状況”を打開する策はないだろうか。
オーベルシュタインはゆっくり駒へと手を伸ばした。
「彼は狩りをするネコ科の生き物に似ておりますな」
同様にチェスへと注意を戻していたラインハルトが、訝しげな顔をする。
「黙々と忠実に働くこともできますが、自身の裁量で判断し、状況に応じて柔軟に動く任務の方が向いているでしょう」
そこで一旦大きく息を吐く。この先が、彼がフェルナーをやや持て余しつつも、奇妙に受け入れてしまっている部分である。
「……たいそうな自信家のようで、上官に対して礼節は重んじますが畏怖の心はない。上におもねることなく、といって、神経を逆撫でし過ぎることもなく、気が付けばすぐそばまで寄って来ているのです。足音を忍ばせて狙いを定めるハンターのように」
酷い批評だと、ラインハルトは声を上げて笑った。
「フェルナーというのは大した男だな。たった二ヶ月足らずで、卿の懐近くに忍び寄っているということなのであろう」
その通りだ。オーベルシュタインは声もなく肯く。改めて、つくづく不思議な男だと思う。これまで自分の直属の部下となった者は、一ヶ月ともたずに胃痛を訴え始めたのだが、フェルナーに関してはそういった節も見当たらない。それどころか、自らオーベルシュタインのそばに立ち、主導して部下たちを取りまとめる存在となっていた。しなやかで足音もなく懐深くまで入り込むようなその性質を、オーベルシュタインは猫と喩えたのであった。
「それで、卿はその部下のナイフを避け切れたのか?」
ラインハルトのその問いに、オーベルシュタインの背筋はぞくりと粟立った。自分はあの男の刃を、完全に避けることができているのか?目的を達成するために、何者をも寄せ付けず歩んできた自分の横へ、当たり前のようにその居場所を確保したあの部下の刃を。……愚かな問いだ。王朝打倒を決意したあの日から、自分が心を許した人物などいないはずではないか。
オーベルシュタインは自身に呆れたように笑うと、コンコンとチェス盤を中指で弾いた。
「まだ仕事を残して来ておりますので、この辺で」
そう言って立ち上がりかけると、金髪の覇者は鋭い眼光で彼を射抜いた。
「チェスはどうするつもりだ。負けが込んで来たから逃げるとでも言うのか?」
苛烈な上官の視線をさらりと受け流すと、オーベルシュタインは表情を動かすことなく口を開いた。
「チェス盤を良くご覧下さい。今の私の手に、動かす余地がありましょうか」
そう告げられ、ラインハルトは美しい顔を歪めながら盤面を見やる。いや、見なくても部下の発言から察することはできた。
「引き分け(ステイルメイト)か
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