第四章
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第四章
「今は旅をしています」
「旅を?」
「はい、今は」
こう言うだけであった。
「祖国を旅しています」
「それだけなのね」
「今のところは」
俯いたうえでの言葉は迷っていた。
「そのつもりです」
「そう。けれど覚えておくといいわ」
老婆はその彼女に対して話すのだった。あくまで穏やかな声で。
「私達はスロバキア人よ」
「スロバキア人ですか」
「心はチェコにはないのよ」
このことをあえて言うのだった。
「スロバキアにあるのよ」
「スロバキアに」
「だから私はスロバキアに帰るわ」
自分のことも話すのだった。
「この国にね。帰るのよ」
「じゃあスロバキア人は」
「スロバキアに帰ってそこで生きるものよ」
これが老婆の考えであった。
「この国でね」
「私も」
「考えるといいわ」
老婆は穏やかに彼女にそれを促すだけだった。
「よくね。じゃあ私は」
「はい?」
「次の駅で降りるわ」
こうエディタに告げたのだった。
「そしてそこでね。ずっと暮らすのよ」
「その場所で」
「そう、スロバキアでね」
顔も穏やかなものだった。その穏やかな顔で微笑んでの言葉であった。
「暮らすわ。懐かしい祖国でね」
「わかりました」
老婆のその言葉を静かに受け取るのだった。その言葉通り老婆は次の駅で降りた。だがエディタの旅は続きそのうえで電車の中から祖国を見続けていた。
旅は続く。しかしであった。彼女の心は楽しまなかった。
「何故かしら」
次第にそれが何故かを考えだしていた。
「どうして。祖国なのに」
心が楽しまない。そのことに気付きだしていたのだ。
それでどうしてかを考えそのうえでまた気付いた。今は一人なのだ。
「一人・・・・・・」
そのことについても考えはじめた。
「そうね。私は一人だったわ」
今はいつも横にいてくれている夫がいないのだ。ペテルが。
「そうね。ペテルがいないのね」
自分の部屋の中で横を見る。部屋にいるのは一人であり当然席に座っているのは彼女だけだ。やはり他には誰もいないのである。
「私だけ。いるのは私だけ」
噛み締めるような言葉だった。
「一人になるのがこんなに」
スロバキアの美しい緑に満ちた景色を見てもだった。その為に楽しめないのだ。彼女はこのことに気付いたのだ。
「私はスロバキア人」
このことは自覚していた。
「けれど。それでも」
そしてそれ以上に感じるのだった。
「私の横にはいつもペテルがいてくれて」
彼のことである。
「それで微笑んで支えてくれて。だからなのね」
だからこそ笑えたし楽しめたのだ。彼女は最早一人ではなかったのだ。そう、スロバキア人であってもそれ以上になのであった。
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