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2015年 02月 22日 (日) 21時 37分
▼タイトル
暇潰27
▼本文
飯食べぬ。というか晩御飯を食べるタイミングを逸してしまった。こんなことがあっていいのか、私よ。欲界からの解脱はまだ早いぞ。

 ※ ※ ※
 
長い長い一日だったな、と一人ごちた。
アビィの訪問から始まった一連の大騒動は一先ず幕を下し、アビィの安全は漸くながら確保された。現在の俺は、天専の手配した車に乗って事務所――はぶっ壊れているので知り合いの家に向かっている。法師とティアは事務所に生活空間を作ってそこに暮らしているため、現在家がない状態なのだ。アビィを休ませるにも家が必要だった。
ホテルを使えと思うかもしれないが……懐が厳しいをで察して貰えると助かる。事務所の他数名は自分の生活空間を持っているが、三人の人間を住まわせる余裕はどこもない。

件の知り合いもまた事務所メンバーと同じく学生時代からの付き合いで、別荘とか持っている気前のいい友達だ。代価としてタダ働きさせられるかもしれないが、少なくとも事務所の修理が終わるまでは泊めてもらえるよう取り次いだ。

アビィは疲れていたのだろう、今は俺にもたれかかって小さな寝息をたてている。

「くぅ………くぅ………」

無防備に寝息をたてるアビィを起こしてあげようかと手を伸ばしたが、そのあまりに心地よさそうな眠りを覚ますのは少々気が引けたので手をひっこめた。彼女にとっては緊張や疲れの連続だったはずだ。起こすのは今すぐでなくともいい。

「目的地に着くまでは寝かせておいてあげるか」
「それがいいです。目的地までは御嬢さんを休ませてあげましょう」

運転手の女性がミラー越しに同意した。
この人も天専の人間で、名前を田楽(でんがく)伊咲(いさき)と言うらしい。
ボブカットで少々小柄。年齢的には後輩に当たるらしいが、彼女は対異能専門学校、つまり一般の出なのでベルガーではない。そもそも天専の人間の中でベルガーは1割に満たないので珍しい事でもないが。
アビィに関する連絡事項は全部この人を通してやるそうなので、これから長い付き合いになるだろう。

「ではお嬢さんが深い眠りについている間に、少しお話が」
「……彼女のこれからの生活についてですか?」
「はい。……とは言っても彼女の保護先に関しては既に天専側で決定してありますが。詳しくはこちらを」

彼女はハンドルから手を離すと助手席の鞄から封筒を取り出して手渡してくる。

「ども………って運転手が運転中にハンドルから手ぇ離すなよ!!」

危うく何事もなかったようにスルーして封筒を空けそうになってしまった。
ハンドル両手離しなど正気の沙汰ではない。こんな所で事故に遭ってお陀仏など御免だ。咄嗟にハンドルに手を伸ばそうとするが、その行動は田楽の言葉によって引き戻された。

「そうは言われましても……この車は自動運転システムなので運転手は半ば飾りですし」
「飾りなの!?」
「運転免許は必要ですが、まぁ事実上のペーパーですわ」
「天専の人事どうなってんだコラぁ!!」

というか、記憶が正しければ車の自動運転システムは安全性が立証されてなくて採用見送りになったと聞き及んでいる。天専の異常なまでに高い実力と超法規的な行動範囲を考えれば不思議には思わないが、重要人物の護送にはある程度荒事のこなせる人間を回すのが普通だ。それをペーパードライバーとは、本気で人事を疑う。

この人は本当に大丈夫なんだろうか、と急に頼りなく思えてきた。当の田楽は心外だと言わんばかりに鼻を鳴らす。

「これでも護衛課のエースですから大丈夫ですよっ!『天之門(ヘブンズゲート)』の称号だってもぎ取った身なんですからね!?」
「………それ、本当ですか?」
「本当です!!」

半ばムキになる田楽さんだが、疑った俺を怒らないで欲しい。
何故なら『天之門(ヘブンズゲート)』の称号は、天専の最高戦闘員と認められた証なのだから。

『天之門』とは、元々は対異能戦闘の基礎をたった一人で構築したとされる伝説のエージェントのコードネームだ。実際の『天之門』が誰なのかは未だに明かされておらず、岩戸機関の構成メンバーだった事以外には何も分かっていない。だがそのノウハウは岩戸機関のベルガー受入れ基盤になったと言っても過言ではない。

そしてその偉業にあやかって、天専では特に優秀な戦闘員に岩戸の番人たる『天之門』の称号を与えるという伝統が存在する。世界でも最高練度を誇る対ベルガー戦闘員の更に頂点。それが『天之門』なのだ。

「しかもベルガーでもなしに『天之門』なんて……凄いですね」

ベルガーにはベルガーをぶつけて対処するのが基本になりつつある今では、異能者でもなしに『天之門』の称号を与えられることはまずない。天専がまだ岩戸機関だった設立前なら山ほどいたろうが、設立後となると10人にも満たない筈だ。それを考えれば素直に賞賛に値する。
田楽はそうでしょうそうでしょう!とうんうん満足そうに頷いた。

「大変だったんですから……イザ天専に入ってみたら私の周りは9割くらい異能者で、新人研修では死ぬかと思いましたよ……!おじいちゃん譲りの特異体質がなけりゃ辞職出してたレベルです!」
「はぁ……そ、そうですか。心中お察しします。………ん?」

いい加減に相槌を打っていると、いつのまにか目を覚ましていたアビィが田楽をじぃっと凝視していた。騒ぎ過ぎて結局起こしてしまったらしい。悪い事をしたなと思い謝罪する。

「ああ、ゴメンゴメン。起こしちゃったかな……アビィ?」
「……………」

――様子がおかしい。
アビィが返事を返さない。それどころか、まるで氷漬けになったように田楽を見つめたままピクリとも動かない。

「アビィ?どうした、気分でも悪いのか?」
「……………ッ!」
「うわっと!?」

肩をゆすると、アビィは弾かれたように俺に抱き着いた。その手は今日の内に何度も見たそれと同じく怯え、手汗で濡れている。何か怖い夢でも見たのかもしれないと思った俺は、彼女の背中を優しく撫でた。

「どうしたんだい?俺はここにいるいるよ」
「ノリカズ……!あの人、『覗き見』が出来ない!」
「え?覗き見って……確か視界と聴覚の情報を読み取るアレが?」

アビィは震えながらこくこくと頷くと、また俺に抱きついて震えだした。何故怯えだしたか分からずに田楽が困った表情を見せるが、アビィは身をよじって彼女から離れるように移動した。彼女の事を警戒しているようだ。

――どういうことだろうか。この車はアイテールをジャミングする類の物をアクティブにしていないし、運転手の彼女はベルガーではないので異能の力を自力で阻害など出来ない。調子が悪くて異能を上手く使えていないのだろうか。

それもと――その考えに行きつくと同時に懐に素早く手を入れた。

「出来のいいスパイ、なんていまさら言いませんか?田楽さん」

彼女の顔に驚愕の表情が浮かぶ。だが、それさえも演技かもしれないので照準はしっかりと彼女の胴体に合わせる。

「い、言わない言わない!言わないからその警戒たっぷりの目線と霊素銃下げて!それ当たると結構痛いんだから!」
「さてはて、結構痛いで済みますかね……?」

彼女が自力で異能を妨害するか、ピンポイントで精神感応系の異能をレジストする装備を持っている可能性がある。しかも、こちらに何の断りもないしに、だ。

警戒しすぎだと自分でも思うが、絶対にないとは言い切れない。例えば本物の田楽とすり替わっている何者かが天専の人間のふりをしている可能性もあるし、国内のベルガー争奪戦のイザコザかもしれない。
自分の肉体に発動させる異能はアイテールを内部で動かすため、能力を使っていてもベルガーの基本であるアイテール感知に引っかかりにくいという特徴がある。絶対に大丈夫と安心することは出来ない。

沈黙。静かな車内には暫く自動で動くハンドルやブレーキの音だけが響いた。

その沈黙を破ったのは――

『あーあー……聞こえますか法師くん?ちょっと伝え忘れていたことがあるので取り敢えず銃を下してください。彼女がスパイの類でない事は私が保証しますから、ね?』

車内のモニタに表示された中村先生の呑気な声だった。
 
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