のつぶやき |
2015年 01月 08日 (木) 01時 16分 ▼タイトル 「マッチ売りの少女」を書こう:前編 ▼本文 オセーニ大陸西部は、大昔から「マギム」と呼ばれる種族の支配する地域である。 世界最大宗教であるエレミア教の教えによれば、このマギムという種族はアドラント大陸に住まう「ガゾム」、天空都市バベロスに籠る「ゼオム」と並ぶ古代人種であり、文化的な歴史は最も深いとされている。 マギムは繁殖力が高く、世界のあちこちにマギムの町や集落が存在し、この世界で最も総人口が多い種族だと言われている。 そのマギムが治める「アーリアル連合王国」が首都アーリアルの城下町は、真冬の寒さに見舞われていた。 余りの寒さに早めに店をたたむ行商とは逆に、屋台や酒場は時間が遅くなるにつれて騒がしさを増していく。その寒空の下に敢えて身を晒し、喉を焼くような酒と料理に舌鼓を打つ。それが彼らなりの冬の過ごし方なのだ。 町内を見回る王国兵たちも、己の見回りが終わると我先に腹を満たそうと夜の街へ踏み出していく。 「もし、そこのお方」 不意に、その若い男は背後から掛かった透き通るような声に呼び止められた。 振り返った男は少し驚く。 声の主は、幼い少女だった。 この寒空の下で、赤い頭巾と手袋に安物のマフラーを身に着けているその様は、防寒が十分だとは言い難い。手にはバスケットを握り、そのバスケットの中には小さな箱がたくさん入っている。 寒さからか鼻先が赤くなったその姿はいかにも辛そうで、すこし気の毒に思えた。 「俺に何か用かいい、レディ?」 「ええ……わたし、マッチ売りをしているのです。良ければひとつ、いかがでしょうか?」 「これは、木製のマッチか?今時珍しいものを売っているな」 今や木製マッチは都市部では滅多に見かけない。 特にアーリアルのような都市には『クリスタル・インフラ』という技術が広く普及しているからだ。 蓄積結晶(クリスタル・コンデンサ)に溜めこんだ大量の神秘を子機結晶に供給し、それを火を操作する神秘術を組み込んだ機械(マキーネ)に組み込めば、それで火が起こせる。 調理の火や暖炉は勿論、神秘術を変えて光源や冷蔵庫の冷気などにも変換できるこの技術が導入されたのはもう一世紀以上昔の話だ。 神秘術を用いない木製マッチを使う者は、煙草の愛好者などの一部の物好きだけだ。 クリスタル媒体の発火装置に比べて使いづらく、またそもそも物を燃やす機会が少ない。 クリスタル技術が発達していないよその国ならともかく、この国では旧時代の遺物だった。 とはいえ、この町の中では珍しいものでもある。 「いくら?」 「30ロバルです」 「買おう。ほら、お代」 「あ……ありがとうございます!」 少女の顔がぱっと明るくなった。 この寒空の下で働いているのだ。彼女がどのような事情の下にここで物売りをしているのかは知らないが、一つくらいは勝ってやってもいいだろう。どうせこれから酒場でもっと金を使うのだ。その話の種にでもなれば元が取れるだろう。 マッチの箱を受け取った男は、頭を下げる少女に小さく会釈をして、「身体に気を付けろよ」とだけ言い残してその場を去っていった。 それを遠目に見送った少女は、ふふ、と笑みを漏らす。 「さてはて、下ごしらえはこんなものでいいかな?誰も彼も純真(ピュア)すぎてイカンね?見た目に騙されて直ぐにマッチ買って行っちゃうんだもん!」 悪戯猫のようにニヤニヤと笑った少女は、そのまま路地裏へと身を翻す。 彼女は路銀を稼ぐためにマッチを売っていたわけではない。本当に重要なのは、「マッチを持った人間が町中に散らばる」ことそのもの。 「この時間帯にうろついているおっさんたちはどいつもこいつも酒場目当て。そしてこの時間帯なら酒場には末端の兵隊どもが集まってくる!つまりああやって子供のふりしてマッチを売れば、後は各々好きな酒場に散らばっていくわけでっ!」 路地裏に放置されたゴミを飛んで避けながら、少女は笑いが止まらないとでも言うように一気に駆け抜け、町の外へつ続く道へと出た。 「そこで連中は『今日、道端で珍しいものが売ってたんだ』と酒場の席でマッチ箱を取り出すのです!だけど実はぁ〜……そのマッチ、細工されてるよっと!」 店もない夜の小道には誰もおらず、人目の有無をしっかり確認した少女はその辺に立ち止り、残りのマッチをバスケットごと放り投げた。投擲先には町の大動脈となる大通りが存在するが、今の時間帯にはそこに人など通らない。例え通ったとしても少女にとっては問題の無いことだった。 「そう、実は!このサーヤちゃんが持つごんぶとマッチでちちんぷいぷいと呪文を唱えると――?」 その服の何所に入っていたのかと聞きたくなるほどに大きなそのマッチ棒を取り出したサーヤと名乗る少女は、マッチ棒で自分を中心に円を描いたのちに、マッチの先端を地面に激しくこすりつける。 マッチの先端に火が灯った。そしてそれに呼応するように円が輝き―― 「なんと、大爆発して超高熱の炎を如何なく放出するのですっ♪」 ――アーリアルの城下町に、爆音とともに数十の火柱が高らかに立ち上った。 彼女が配ったマッチ箱を中心に起こった大爆発の炎だった。 建物全てを焼き尽くすような地獄の高熱が、町を赤く染める。 炎は店の外へも飛び出し通行人さえも焼かれ、更には火事で近隣もパニックになった。 すぐさま城より消防部隊が出動するが、そんな彼らを待っているのは――石畳さえも焼ける紅蓮の炎によって破壊された大通り。先ほど彼女がバスケットを放り投げた、まさにその場所で立ち往生を余儀なくさせる。 僅か数分前まで平和そのものだった首都は、混乱と悲鳴に彩られた。 |