のつぶやき |
2014年 12月 14日 (日) 01時 28分 ▼タイトル 暇潰13 ▼本文 取り敢えず、試作三号機であるアビィ編を書き終ったら全部整理したうえで弄り直したいです。事務所の名前とか仮じゃなくてちゃんとし名前考えたい……そして、今日もちょっと体調が悪いので今日は短し。あゝ無念なり。 ※ ※ ※ その女性を見た通行人の殆どが、奇跡的なまでの美しさに見惚れていた。 あるものは夢でも見たかのように口を半開きにし、あるものは手に持ったものを取り落しかけて慌てて正気に戻る。男は目の保養とばかりにその姿を追い、女性の殆どが嫉妬、若しくは羨望のまなざしを向ける。 テレビのアイドルより1,2ランクは上にいるのではないかとさえ思える美貌と碧眼。 風に揺られる長いブロンドの髪は太陽光を反射してきらきらと美しい光沢を放ち、否が応でも見るものを引きつける。 恰好こそ黒いスーツ姿だったが、それも細身ながら女性的な膨らみを持った彼女が身につければドレスも同前。スカートの下から見える黒いストッキングがすらりとした美脚を余計に引き立たせ、歩き方さえも優雅に見えてくる。 当の本人はそんなことは毛ほども気にしていないとでも言うように、勝手知ったるこの町の道路を足早に歩いていた。 ナンパ師が声をかけることさえも躊躇うほどにその存在は美しく、まるで森の奥から妖精が迷い込んできてしまったかのような神秘的なオーラさえ感じる。時代が時代ならば傾国の美女と呼ばれたかもしれないほどの美しさを振りまくその女性は、こんな街中ではなく映画の中かミュージカルに参加していた方がよほど相応しいだろう。 しかし、ここでそれらとは別に一つの疑問が生まれる。 何故、彼女は足早なのか。 もしもその答えを知るために彼女の思考を読み取ったベルガーがいたとしたら、外見とのギャップの大きさに口を開けて唖然とするだろう。 (デートっ♪デートっ♪法師とデートっ♪待ち合わせ場所とかどこになるんだろう?法師、どんな服着て行ったら喜ぶかな?ここ最近忙しかったりお金がなかったりでずっとデートしてなかったから……久しぶりに2人きりになれる!やったっ!) 鼻歌を鳴らしながらスキップをしていないことが不可思議に思えてくるほどにピンク一色の思考が、現在の彼女の心の9割近くを占めてた。 彼女はその名前をアレティア・エヴァンジェリスタという。 親しいものからは略して「ティア」と呼ばれる、何でも屋「カルマ」の問題児の一人である。 所長である法師との関係は、元同級生にして未だ初々しさの抜けない恋人関係。彼女自身も何でも屋として日夜労働に励み、少しでも上司兼恋人の財布を潤そうと頑張っているのだが――その結果はあまり芳しくない。 現在「カルマ」に所属する従業員の内、収入が実質的にマイナスになっている人間は二人、ほぼフラットに近いプラスは2人、ちゃんと稼いでいるのが一人という状況であり、彼女はそのうちの「フラットに近いプラス」に属している。 そのフラットに近くなってしまう理由こそが彼女が少し前まで川辺で落ち込んでいた理由でもあるのだが、今の彼女は法師とのデートに思いを馳せているためそれまでの悩みは消し飛んでいる。 (今回は一応ちゃんと依頼料受け取ったし、これで少しは事務所の懐も温まるかな?法師ったらお金がなくてもデートではちょっと無理して使っちゃうもん) 事務所の意地が精いっぱいの状況であっても、法師はティアの前では見栄を張る。唯でさえ恋人同士なのに二人きりの時間が少ないので、出来るだけティアにお金の事で行動に制約を課すまいという思いやりが働いている。 無能じゃないのにお金がなくて、依頼料が出ないような仕事ばかりが飛び込んでくる――そんなどこか抜けてる彼氏の思いやりがティアにとっては一番可笑しくて、そんなところが愛おしい。 しかし、法師の為に金を稼ぐという趣旨のその思考を法師が知ったら、自分のふがいなさに部屋に籠って枕を濡らすかもしれない。 だが、仮に脳内の9割を恋人への熱い想いに支配されていたとしても――残りの一割は恐ろしく冷静に状況を見極め続けている。 BFより得た情報を基に試算した法師と依頼者の行動ルート。 そこから導き出される、モノレール付近に待ち伏せの人間がいる可能性。 そして、自分が先ほどまでいた橋がモノレールに限りなく近い事。 それらを全て把握した上で彼女は足を速めているのだ。 これから自らの異能を駆使して闘う事になるだろう場所を目指して。 = = = 虎顎という組織には様々な派閥がある。 いま日本で活動しているのは「革新派」と呼ばれる技術専攻派閥だ。異能の力を科学技術によってさらに効率的に運用することを活動の中心にしている。 その他にも戦闘行動と戦闘技術に特化した「武闘派」、裏工作と情報戦に特化した「隠密派」など様々な派閥が存在し、それらは虎顎の頂点に立つ「杜陽笙(ドゥタイション)」の後釜を巡って利権を争っている。 そして、大風たちエージェントが「師父」と呼ぶその人物こそが革新派の最高幹部だ。 彼等エージェントの半分以上が幼い頃に師父に拾われた大恩のある身であり、エージェントたちの親に対する忠誠は目を見張るものがある。 なかでも大風(ダーフェン)・洪水(ホンシェイ)兄弟といえば他の派閥にも名を轟かせるほどの実力と名声を持っていた。 二人が同時に任務をこなせば失敗などあり得ないとまで称される2人の絆と信頼は深い。 その兄弟の弟に当たる洪水(ホンシェイ)は、モノレール駅へたどり着くまでに必ず通らなければいけないであろう橋の上で双眼鏡を片手に鼻歌を歌っていた。 機嫌がいいからではない、待ち時間が退屈だからだ。 どうせ待っていれば彼らはここにやってくる。 一度は兄を欺いたようだが、それは単に場所の問題だろう。このような開けた場所ならば大風もその名の如く自在に空を舞って素体を攫って見せたに違いない。 大風の異能に比べて洪水の異能は環境に影響され易い。 だが、水場の近くならば有利に働くし、周囲に水場がなくとも小道具を使えばある程度補える。そしてここは川が真下にある橋上――洪水の名の通り水を操る彼にとってはこれ以上おあつらえ向きな場所はなかった。 「念の為に駅の周辺にも無能力者の手駒を置いておいたけど、要らぬ世話に終わりそうだ」 洪水の口元が吊り上る。 双眼鏡の先に、ターゲットである素体の乗った車が映った。他に行き来する車と同じくらいの速度で、慌てずに道路を走っている。 「さあ、鬼ごっこはおしまいにしようじゃないか、素体よ。だいじょうぶ、殺すなんて野蛮な事はしない」 だって君には、もっと素敵な役割があるのだから――そう心中で呟いた洪水は、双眼鏡を懐に仕舞って両手を大きく広げた。 集中、集中、アイテール遠隔操作――制御開始。 「人間に、水の脅威は止められない」 |