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2014年 12月 13日 (土) 01時 56分
▼タイトル
暇潰12
▼本文
とりあえずレーバテインは一軍主力機体決定で。

※ ※ ※

 衛はそのまま懐から拳銃を取り出す。霊素銃(アイテールガン)と呼ばれるベルガーにしか使えない特殊拳銃だ。ベルガーの異能を操作する因子に反応して初めてその能力を発揮する、いわば疑似的な異能。

「ふむ、まずはアレの足を止めるところから始めなければなるまい。そのまま頭上を通り過ぎられては格好がつかん」

 相手はアビィの確保を最優先事項に据えている筈だ。その為ならば態々足止めだと分かりきっている人間になどかかずらってはいられない。だから向こうにしてみれば衛と戦わずに上を通り抜けてしまえばそれでいい。相手にするだけ時間の無駄という事だ。
 だからこそ、どのようにして相手の動きを釘付けにするかは最重要だった。

 今の状況で取れる手段を装備と照らし合わせて考慮すれば、取れる作戦は一つしかない。
懐から一つ、コーヒーの缶にレバーを取り付けた様な鉄製の筒を取り出した衛は、素早くレバーに刺さっていたピンを引き抜き、既に前方100メートルほどに迫っていた追跡者に向かって投擲した。



「――?あの女、確か素体と共にいた……一体何のつもりだ?」

 追跡者――大風はその行為に疑問を抱いた。
 こちらにその投擲物を命中させようといった投げ方ではない。進路上に添えるような山なりの投擲だ。目標を目視で確認するために高度30メートル前後を飛行している大風の進路上にまで投げ飛ばせる膂力には少々驚いたが、それでも行動の意図が読めない。

 だが、投擲された物体のシルエットを確認した時、大風は痛烈なまでの悪寒を覚えた。
 その形状、進路上に投げるという行為、その二つがあるものを大風に連想させる。
 かつて、一度だけ『それ』に酷い目に遭わされたことがある。日本で開発された対ベルガー装備の一つの中でも最も利便性が低く、だが短期間であれば異能に対して非常に有効な装備の一つ。

「まさか……!?不味いッ!!」

 轍を踏みたくないという本能が咄嗟に身体を動かし、確信もなく自身の飛行を断念して瞬時に地表へ着地する体制に移る。

 瞬間、耳を劈くような破裂音が響く。

 バランスを崩しながらその衝撃から逃れるように辛うじて地表へ、異能の力によって空気をクッションに着地した大風は、その顔を大きく歪ませて衛の方を向く。正面には狙い通りと言わんばかりに大風へと肉薄する衛の姿があった。

 衛の構えた霊素銃が計三発、立て続けに発砲。
 身体をかがめて一発目を避け、2発目を懐から取り出した小刀で弾きながら三発目を回避。掠めた高濃度アイテールの弾が着ていたコートを軽く引き裂いた。
 拳銃の銃口を避けるように疾走して銃を狙った蹴りを放つが、寸でのことろで身を引いて避けられた。
 一瞬の攻防を区切るように向かい合う2人の間に、ぴんと張りつめた緊張感が漂う。

「ABチャフとは味な真似をしてくれたな、女……!」
「それはこちらの台詞だ。事務所への侵入、備品の破壊、児童誘拐未遂に殺人未遂……おまけにこんな高価な装備を消費させてくれるとはな」
「ほざけ女!貴様も僕の邪魔をするか……つくづく不愉快だ!」

 ABチャフ――別名、霊素結合弾。
 ABとは「Aither Bonding」の略であり、この弾頭にはチャフのように空中に大量の金属箔を散布することを目的とした対ベルガー装備である。
 チャフと呼ばれてはいるが、それはあくまで仇名であり本来のチャフとは大きく用途が異なる。
ABチャフの金属箔は、大気中にばら撒かれることによって急激に大気中のアイテールと結合を起こすよう極めて特殊な加工が施されている。それを捲くことによって大気中のアイテール濃度は急速に減少し、アイテールを原動力とする異能の多くがこの環境下ではその効力を大幅に減退させる。

 大風は過去に、これを喰らい、高度を維持できずに落下したことがある。
 弟のフォローで任務は成功したものの、自分自身は膝や肋骨などを損傷して満身創痍。余りの無様に舌を噛み切ろうかとさえ思ったほどの苦い経験だった。故にあのタイミングで高度を上げたり旋回して避けるのではなく、すぐさま着陸するという対応を取れたのだ。

 だが、ABチャフの効果は長続きしない。
 今は上空の金属片が降り注いでいるために大風得意の異能は使えないが、少し時間が経てばアイテールと金属箔の結合も落ち着いて再び異能を行使できるようになる。今から走って範囲外に出れば直ぐにでも再び空を飛ぶことが出来た。屋内ならばこれほど有効な対ベルガー装備はないが、屋外ではほんの1分程度しか効果が無かった。

 しかし大風は直ぐに駆け出すような真似はせずに、ゆっくりと範囲外へ移動した。
 理由は先ほど仕掛けてきた衛にある。

(この女、隙がない。先ほどの射撃もさることながら、間合いの取り方と足運びが素人のそれじゃない)

 少々腕が立つだけの民間ベルガーとは決定的に違う、強い意志が見え隠れする眼光が大風を射抜く。
 殺気とも敵意とも違う使命感と、ひしひしと感じられる相手を打倒しようとする意志。
 貪欲にもこの状況下で何をすれば己が目的を達せられるかに神経を集中し、決して捉えた獲物は逃さない。蛇を連想させるその気迫が大風の警戒心を増大させた。

 小刀を逆手に構えたまま、相手との間合いを測る。相手も油断なく霊素銃を構えて間合いをゆっくり詰めてきた。
 唯でさえ一刻を争うと言うのに、もしこの女がABチャフをまだ隠し持っていたとすればかなり行動が制限されることになる。焦って背中を見せれば発砲され、ペースに乗って相手をすれば時間が削られる。
 それに、霊素銃が発射する高濃度圧縮アイテールはABチャフ散布下でもその威力をほとんど削がれない。そこまで作戦の内だとしたら――この女は間違いなく戦士だ、と大風は認識を改めた。
 この日本という国でただぬるま湯につかっていた人間ではない。
 こいつは、実戦を知っている。

「――俺の名は大風(ダーフェン)。貴様の名前を聞こう、日本人の戦士よ」
「……式綱衛(しきつなまもる)だ。虎顎のエージェントよ」

 自らの名を名乗り、相手の名を聞くのは大風なりの相手への敬意だった。
 エージェントとして以前に、大風は戦士としての誇りがある。例え、大風が内心では戦うべきでない存在だと考えている女性であっても、戦士としての誇りは重んじる。それが彼なりの美学だった。

 そして、その美学は一つの意思表示を同時に内包している。
 すなわち――

「マモル。我が戦士としての誇りにかけて貴様を打倒する。素体の回収は、口惜しいが他のエージェントに任せよう」
「いいだろう。そこまで熱烈な誘いならば、断るわけにもいくまい」

 ――それに、その方が好都合だ、と衛は内心でほくそ笑む。
 測らずとも時間稼ぎは成功した。
 後は、目の前の男を無力化するだけだ。

 ゆらり、と小刀を持った手をぶらさげるような独特の構えを取る大風。
 少々厄介な相手ではあるが――依頼主(アビィ)の為にも、ここは勝たせてもらう。
 
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