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2014年 12月 10日 (水) 18時 03分
▼タイトル
暇潰10
▼本文
ここに呟かれてる文章は、実はただの執筆中なので変更も追記もある。

※ ※ ※
 
 シャッターが全て降りて全ての光が遮断された暗闇の中で、その男は呼吸を止めたままゆっくりと集中力を高めた。たとえどれほどの怒りに身を包まれようとも、その怒りをぶつけるべき男を追うための理性がその集中力を繋ぎとめる。

 大気分析。即効性の高い麻酔ガス――見たこともない構成の薬品だ。ハタロンかクロロホルムだと踏んでいたが、おそらく物質製造系の異能によって新たに作られた新薬の類だろう。異能の力を使えば安全に酸素を補給することが可能なレベルだ。発火性はない。
ならば――多少派手に動いても問題はない。

(空力制御(エアリアル)、室内大気強制圧縮開始)

 異能の解放とともにアイテールを大気から吸収する最中、室内に不審な高濃度アイテールを感知。近くの机にあったペンを無造作に掴み上げ、圧縮空気の加速を上乗せしてそちらに投擲する。ボゥッ、と噴出音を立てて加速したペンは事務所内の戸棚の奥にいたBFを一撃で破壊し、壁に突き刺さった。
 また分身か、と辟易する。
 一度は騙されたが二度目はないと思っていたが、あの短期間に三体もの分身を作り出していた事を考えると、この事務所の外にもこちらの動きを監視する分身がいるかもしれない。

(面妖な……だが戦闘能力は特筆すべき点も無し。裏方で鼠のように嗅ぎまわるのが関の山だろう。残るは素体と、あのモノクルの女のみ)

 この上で女にまで遅れを取るほど醜態を晒す気は更々ない。
 否、彼の誇りがそれを許さない。

(俺は風。虎顎のエージェント、『大風(ダーフェン)』。人間に、吹き荒ぶ風は止められない)

 大風(ダーフェン)――それだけが自分を表す記号。
 師父に頂いた、自らの能力に対する誇りそのもの。
 自分が自分であることの証。
 弟の洪水(ホンシェイ)と共に師父の夢を助け続けると誓ったあの日から、俺は風になったのだ。

 部屋の中の空気が急激に圧縮されたことで事務所のシャッターや窓が軋む。その中心――アイテールによって強制的に圧縮された空気を左手に握った大風は、右手で室内にあった炊飯器を掴み上げ、左手と重ねあわせた。

「手頃なものが無かったのでな。弾丸として使わせてもらう」

 円形に空気を圧縮していた力場が正面から崩壊し、膨大な空気が一気に吐き出される。吐き出された圧縮空気の運動エネルギーを余すところなく受け継ぎ、さらに弾丸として飛ぶように大風にコントロールされた炊飯器は、音速を超えた弾丸となってシャッター方向に飛来し――

 まるで本物の大砲が発射されたような地を打つ衝撃が建物を揺らした。

 ひしゃげ千切れ、無残にも窓枠ごとシャッターが吹き飛んだ穴から素早く外に脱出した大風は通信機を取り出して報告する。

「洪水(ホンシェイ)、奴らを取り逃がした。素体と一緒にいるのは男と女が一人ずつ――男の方は分身の類を作り出してこちらを欺いてくる。現在、車に乗って北東方面に車で逃走中だ。捕まえられるか?」
『任せてよ、兄さん。アライバルエリアのインフラにはすべて監視を走らせている以上、どのみち奴らは逃げられない。それに狙いは読めてる。恐らく奴らはモノレールに乗って『天専』へ向かうつもりだ』
「成程な……さしもの虎顎もあの魔窟が相手では下手に手出しが出来んからな」

 『天専』――正式名称、日本国立天岩戸異能者専門学校。
 かつて日本政府が異能者(ベルガー)という存在を化物ではなく人間の域に留めるために、日本のベルガーに関する一切を執り行う特殊機関として創設した特殊機関である『岩戸機関』の現在の姿にして、職員の5割と生徒の10割がベルガーで構成された国家的学校だ。
 日本国民として生まれたベルガーは必ず異能者としての教育をここで受ける必要があり、その全ての異能者が反乱を起こしたとしても制圧できるだけの設備も兼ね備えた一種の要塞。世界でも最高レベルの規模を誇る施設だ。

 素体の秘める能力は高い。そして、あれには国籍など存在しない。ならば当然、日本政府は高位能力者である素体を手に入れようとするはずである。日本政府と岩戸機関を同時に敵に回せば、いくら虎顎でも手出しできない。
 あの男か、それとも女の方かは知らないが、それなりの知恵はあるようだ。
 だが、そんなものは天専に逃げ込む前に素体を捉えてしまえば全てが無意味になる。

「俺はこのまま追跡を続ける。必ずや素体を捕え、師父へと持ち帰ろう」
『愚問だね。だって――』

 二人は示し合せるでもなく、声を揃える。

「僕ら兄弟に失敗はあり得ない」
『僕ら兄弟に失敗はあり得ない』

 不敵に微笑む兄弟が宿す執念と覚悟は、その全てが師父の為に。

 が――

「オカン、あの人なにしてるの?」
「窓の外に足をかけて電話なんて、いったいどういう教育受けてるのかしら。真似しちゃ駄目よ?」

 通りすがりの少年とその母親から無遠慮に向けられる目線と、日本の常識に照らし合わせれば余りにも尤もな台詞。他の通行人たちもいぶかしげな目線を向けたり、「またあの事務所だよ」とつぶやいたりしながらじろじろと大風を見る。
 その急激に現実に引き戻されたような空気に、大風は任務に対する気概がごっそり削られた気がした。自分に酔っているつもりはなかったのだが、なんとなくそのままのポーズでいるのが情けない事のように感じてすごすごと外に降りる。

「…………………はぁ」

今更任務のために見栄など張ることはしない大風だったが、ほんの少しだけあの親子の所に行って弁明したい気分になった。



 = =



 同刻、民間警備会社『ボーンラッシュ』の本部ビルは悲鳴と怒号に塗れていた。
 アビィの脱走に伴うパニックは予想外にも深刻であり、社の裏の人間だけでなく表の人間にまで大きな影響を及ぼしていた。それによる社内の備品の破壊やデータロスト、実験室でけが人が出るなど社内は最初から騒然としていた。
 だが、事態がさらに悪化したのはそれからだった。

「公安五課だ。突然で悪いが、この会社を捜索させてもらう」

 通常の業務を行っている社員にとっては寝耳に水の事態だった事だろう。
 公安五課。ベルガーの誕生以来、従来のシステムによる監視方法の想定範囲を大きく超える方法で国内に侵入してくる海外の危険ベルガーや組織を取り締まるために特設された公安第五の課だ。世界でも最高水準の対ベルガー装備と最高峰の練度と能力を秘めた人材で内部を固めたエリート中のエリート部隊でもある。
 その行動は大胆にしてすり抜ける隙がない。今までも幾度となく国内に入り込んでいた危険組織を摘発したり、大規模なテロを未然に阻止したりという警察の活躍の陰には、常に彼らの姿があったとされている。

 そんな組織になぜ目をつけられるのか――そう思っていた矢先に、事態は急転した。

 ボーンラッシュの社員の一部が警備用の装備を持ち出して公安相手に発砲したのだ。そこからはあっという間だった。
 何所に隠れていたのかも分からない公安実働部隊に加え、双方が最新型の二脚重機まで持ち出しての銃撃戦が社のフロントで勃発。公安は戦闘員、非戦闘員に関わらず全員を無力化、拘束する姿勢で激しく攻め立てる。

 対し、ボーンラッシュ社員も自社の装備をフルに活用して応戦。
 しかし戦闘に出ているのは社員の半数程度に加え、同じ社員も顔を知らない正体不明の人間までそれに協力して迎撃を行っている。何も事情を知らない社員たちは混乱と恐怖におびえ、ただ事態が収束するのを待つしかなかった。

「と言う訳でシ。要は今戦っているのは全員虎顎の息のかかった連中なんでシ。連中、地下から何かを持ち出そうと違法改造の二脚重機まで持ち出して、もう滅茶苦茶でシ」
「そんな滅茶苦茶な状況下でも動かないといかんのが公僕の辛い所だな……お前ら、準備はいいか!?」

 急遽現場に駆け付けた大蔵は、自分の部下たちを一瞥する。
 いつも通りニコニコしている馬鹿に、いつも以上に楽しそうな馬鹿。どいつもこいつも共通しているのが、この乱戦に飛び込むことに一切の抵抗を感じていないことだけである。
 
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