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2014年 12月 05日 (金) 00時 45分
▼タイトル
暇潰4
▼本文
 
(その辺りは本人に聞いてみるしかないな)

 便利屋はあくまで依頼者の意志を尊重すべし。
 俺は、彼女に俺の知りうる限りの判断材料を与えたうえで依頼内容をはっきりさせるため、彼女の方に向き合った。だが、そこで間がいいのか悪いのか事務所のドアが開く。入ってきたのはアビィは知らないが俺にとっては見覚えのある女性だった。

「服と下着、買って来たぞ」
「おーおーご苦労さん。これで漸くアビィにまともな服を着せられる」

 事務所に上がり、近所の呉服店の買い物袋を机の上に置いた女性は、ふう、とため息をつくと冷蔵庫の中から安物の日本酒を取り出してラッパ飲みを始める。真昼間から子供の目の前で堂々と飲酒とはとんでもない奴だが、それ以上にたった今空けたばかりの一升瓶を一気飲みしてしまったことの方が驚きだ。俺が真似すれば急性アルコール中毒で死んでるかもしれない所である。

「あ、あの……ノリカズさん?」
「ん?ああ、大丈夫大丈夫。急性アルコール中毒とか食中毒とか、あいつとは一番縁のないものだから」
「いや、アルコールとかはよく分からないんですけど……あの人」
「あの人がどうかした?」
「………誰ですか?」
「誰って……」

 一拍置いて、俺はさしたる疑問も感じずにあっさり答えた。

「さっき服を買いに行った衛だけど」
「…………へ、え?」

 アビィが女性を見る。そして、自分の記憶の中にある衛の姿を必死に思い出し、もう一度2本目の一升瓶に手をかけようとしている女性を見る。――よく見たら、女性は衛と同じ服で同じモノクルをしていた。

「あ、ああ!そういえば説明してなかったな。衛の力は自分の身体を造り替える事だから――女になれるんだよ。多分、男の姿で女の子の服は買いにくかったんだろうな。今は女になった時に消費したカロリーを補給中な訳だ」
「そういうこと。つまり俺は男であり女でもあるのだ」
「要はオカマだ」
「勝手に固有のカテゴライズをするな。プライベートゾーンだってちゃんと変わっている」

 アビィは俺の言葉にきょとんとし、もう一度だけ女性の姿になった衛を見て、改めて自分の頬をつねった。ちゃんと痛いので幻聴や幻覚ではないという事実を確認したアビィは――

「え、ええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 その驚嘆の声は隣のビルまで届いていたことが、翌日の調べによって判明する。



 = =



「私の力って、実は全然大したことない力だったんだな……」

 シャワーを浴びて火照った体が外気に触れる。バスルームの外には衛の買ってきた服と下着が置いてあった。
 元々来ていた服はない。『覗き見』で衣服に発信器が仕掛けられている事を知って、全て脱ぎ捨てた。あのシャツは逃げる途中の建物内で偶然発見した部屋にあったものだ。漸くまともな人間らしい姿になれる。

 建物の外にあんな力を持った人がいるなんて、驚きの連続だ。つくづく私の知っていた世界は本当に狭かったのだと思い知らされる。これなら本当に普通の生き方が出来るかもしれない。そして、大人たちは私の事を諦めて帰っていき、私は――

「私は、どうしよう……」

 外での生き方なんて知っている訳がない。じゃあどうやって生きて行けばいい?命の危機を乗り切ることで頭がいっぱいだったが、そんな事さえも今になるまで気付かなかった。
 あの時は誰かに助けを求めなければ逃げ切れないのは明白だった。そもそもこちらは常に狭い建物に閉じ込められている身。体力も足の速さも到底大人に敵うものではない。
 周囲の大人たちはケイサツという人たちと対立していることくらいは知っていたからその人たちなら、とも思ったが、ケイサツというのがどんな存在でどんな格好なのかも分からない。この事務所に辿り着いたのは、辛うじて「何でも屋」という文字が解読できたからに過ぎない。
 何でも屋なら何でもしてくれる、助けてくれるかもしれないと思ってここに来た。

 でも、何かを得るには代価を支払わなければいけない。部屋の外に出ていなくとも、『覗き見』をすればそれ位の知識は入ってきた。そして、今の私に払える代価など存在しない。いま着たこの服でさえ、その代価は払うことができない。あるとしたら精々自分の身くらいだ。
 なら、あの人たちは何故私をここに置いてくれているのだろう。

 バスルームと事務所の部屋を区切る扉にこっそりと耳を欹てる。なにか話をしているらしいが、言葉までは聞こえない。それが急に不安になった。あの笑顔の裏で、本当は自分を突き放す算段をしているのではないかと思えたから。
 同じ不思議な力を持っていても、また裏切るかもしれない。彼等には私を助ける理由もない。罪悪感と懐疑の狭間に揺られながら、許しを請うように呟く。

「『盗み見』……させてもらいます」

 大人たちにもずっと黙っていた力の使い方。
 息を吸い込んで、異能の源となる大気中のアイテールに意識を集中させる。集中、集中……部屋の向こうにいる2人の人間を強く意識する。より近い方――衛に意識を集める。

 法師が意識結合(ユナイテッド)と呼んだこの特別な力は、本来は自分と他人、もしくは他人同士の意識を結合させる。今まで私はこの力で人が嘘をついているかどうかを調べたり、隠し事の内容を調べたり、大人同士の意識を繋げる実験をやらされてきた。その過程でふと思いついた能力の応用――『盗み見』。
 衛と意識を結合しつつ、意識のやりとりを意図的に遮断する。すると、意志のやり取りは行われないまま、相手に気付かれないように精神リンクだけを繋げることができる。本来ならこれには全く意味がない。繋がっていても意識の送受信が行われていないのだから、電源が通っているのにスイッチが入っていないようなものだ。

 でも、私はそこから更に情報を一方的に受けとれる。
 他人と他人の意識を繋げる際、私の力がその中継点になっている。だからこそ、ほんの表面的な意識ならばやり取りされる意識を感覚的に自己の情報として読み取ることも可能になる。リンクを繋げているのは自分だ。情報は自分の手の上で執り行われている。だからこそ、本来ならば知覚できないような意志というものを、感覚的に情報として理解することができる。
 だから、これを使えばリンクを繋げた相手の視覚や聴覚といった表面的な情報を受信することができる。私はこれを『盗み見』と呼んで、大人の見ていない所でいつも使っていた。自分の周囲にいる人にしか出来なかったが、それでも少しは知識を得られたからだ。

 衛の見る法師の顔が見えてくる。
 法師の言葉もまた、聞こえてくる
 そして、衛の言葉も自分の声のように聞こえてくる。これで、盗み見の準備は整った。
 
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