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2014年 02月 14日 (金) 12時 34分
▼タイトル
バレンタインネタ 伝える想い 当日話 2
▼本文

「遅れて申し訳ない! 秋斗殿、鈴々、おかえり」

 急いで机の前に並ぶ愛紗はその手に金属製で半円形の蓋のされた皿を持っていた。コトリと机の端に置き、俺達の方を向いて微笑む。
 お楽しみは後で、と言った所か。

「ただいまなのだ! 揃ったし食べてもいい!?」
「ふふ、いいよ鈴々ちゃん」
「味見もしたし、気に入ってくれたら嬉しいんだけど」
「鈴々、待った! 桃香に挨拶でもしてもらおう」
「ええ!? うーんと……うん! 何にも用意出来てなくて申し訳ないけど……『ばれんたいんでぇ』は贈り物をする日なので、せめて私からは感謝の気持ちを贈ります。みんな、いつも支えてくれて本当にありがとう。これからもよろしくね。こんな素敵な日がたくさん溢れる世界になりますように。 じゃあ……頂きます!」

 桃香の言葉に皆も感謝の意を伝えあい、それぞれが朱里と雛里の作ったクッキーと俺の買ってきた団子を食べ始める。
 クッキーは驚くほどおいしかった。やはり二人はお菓子作りが上手い。
 団子は普通だった……ホワイトデーは俺がしっかりと料理を作ろう。店長のとこに手紙を送って甘味の材料とか買い取って……。
 これも内緒にしておけば驚くだろうな。
 しばらくしてクッキーも団子も少なくなった頃、鈴々がうずうずと愛紗の持ってきた皿を気にしていた。

「なぁ愛紗。愛紗は何を作ったのだ?」
「ふふ……そうだな。そろそろ開けるとしよう。皆、常日頃から感謝している。ありがとうとの気持ちを込めて作ったので食べてほしい」

 愛紗が蓋に手をかけた瞬間、何故か俺は血みどろの戦場を思い出し、脳髄が警鐘を鳴らし出す。
 ダメだ、それを開いたら後戻り出来なくなる、愛紗を止めろ、と。
 無意識のうちに手を伸ばしていたが一歩及ばず――――

 地獄の窯の蓋は開かれてしまった。

 あふれ出る異臭に愛紗以外のすべての人物は鼻をつまんで口を抑え、一番近くにいた鈴々はずざーっと戦場での行動並に迅速に後退した。しかしちゃっかりクッキーと団子を避難させている。
 はわあわと慌てる二人は鈴々に倣って部屋の隅にまでとてとてと駆け出し、桃香は引き攣った笑顔のままで愛紗を見つめていた。
 涙が溢れそうになるほど刺激的な匂いを発するそれを見ると……ダークマターの名が相応しいほど黒々とした黒トリュフのようなモノがそこにはあった。

「な! どうした!?」

 皆のいきなりの様子に慌てる愛紗でだったが……お前はこの異臭に気付いていないのか!?

「……愛紗、これはなんだ?」
「……? くっきぃです。あなたの作り方を前に見ていたので思い出しながら、まあ私の想いを込める為に少しだけ手を加えてみましたが、問題ないでしょう?」

 これがクッキーだと? チョコだと言われればまだ頷ける。何故こんな真円になるのだ。それに焦がしただけなら異臭などしないだろうに……何を混ぜ込んだらこんなことになるのか。どの点を見て問題ないと言いやがるのか。

「あ、愛紗……鈴々はおなかいっぱいだからもう食べられないのだ。気持ちだけで心が膨れたからかも」
「私も……その……久しぶりに食べ過ぎました。お気持ちだけありがたく頂いておきます」
「あわわぁ……」

 鈴々と朱里は戦略的撤退を選んだようだ。雛里はただぷるぷると子犬のように震えている。その言葉を聞いて愛紗は残念そうにしゅんと落ち込んだ。

「あはは……愛紗ちゃん、ちゃんと味見した?」
「……時間も無かったのでしておりません」

 力なく笑う桃香の問いかけの答えは絶望だった。つまりこいつはこれがどのようなモノなのか自分でも分からないわけだ。

「……一つだけ貰うね」

 お前はそれを食べるというのか。せっかく作ってくれたのだから、と思う気持ちは立派だが死に急ぐのはまだ早い。
 女の子に無茶をさせては男の風上にも置けないだろう。
 怯えた瞳で俺を見つめる雛里からは、桃香を助けてあげてという想いが伝わってきた。
 そうだな、俺がやらねば誰がやる。ここは戦場。戦い、守るのは俺の仕事だ。

「いいや、桃香。お前にはやらん。これは全て俺が貰う」
「ええ!? そんなことしたら……」
「秋斗殿……私は皆に食べてほしいのですが……」

 桃香は哀しみに染まった瞳で俺を見つめ止めようとし、愛紗は事の異常さに未だ気付いていない。

「愛紗、お前の気持ちは受け取った。だがな、料理は人を救うモノであるべきだ。これがどのような結末を齎すか、その眼に刻んでおけ」

 重ねて何か言おうとした愛紗であったが、俺の力強い瞳に圧されたのか口を噤んだ。
 食べられるモノしか厨房にはないのだから、きっと死にはしないだろう。数が少ないのも幸いか。
 近しい者から出された料理を残すのは俺の矜持に反する。例えそれがどのようなモノであろうと、使われた食材と作り手の込められた想いの全てを無駄にするなど出来はしない。
 笑顔で見回すと皆は一様に哀しみに瞳を沈めていた。
 雛里は引き留めようとしてくれたのか手を伸ばしたが、首を振って見届けてくれと暗に伝えておいた。
 そんな悲しい顔をするな皆。必ず生きて帰ってくるからさ。

「じゃあ、いってくる」

 言葉の後に黒き異物をひっつかんで口の中に押し込む。咀嚼するたびに意識が飛びそうになったがそれでも皿の上のモノをすべて食べきった。

 俺の記憶はそこから無い。

 †

 目を覚ましたのは夜だった。
 鈍痛を伝える腹からは如何に危険な毒物を食したのかが容易く理解出来る。
 頭を見ると湿らせた手ぬぐいが置かれていて、誰かが看病してくれていたのだと分かった。
 首を回しても誰もいない。部屋には俺一人だけだった。
 ただ、寝台の傍らにある机の上、水の入った瓶と……小さな袋が置かれていた。
 なんだろう、と不思議に思って手を伸ばし、カサリ、と乾いた音を出したそれを引き寄せる。同時に紙の切れ端が寝台の隅に落ちた。
 手にとり、目を通してみると、

『いつもありがとうございます。これは私達の気持ちです  雛里、朱里』

 なんて言葉が書かれていた。その下にはしっとりしたモノは雛里が、サクサクのモノは朱里が作ったとの説明書きも。
 袋を開いて中に入っているモノを一つ取り出す。
 それはハート型をしたクッキーだった。

「……まさか……な」

 そんなわけないだろう、と頭に浮かんだ淡い希望を否定して、彼女達の贈ってくれた親愛の想いをありがたく腹の内に溶かしていった。




 次の日、雛里と朱里が愛紗に対して十刻に及ぶ説教とお仕置きを行い、料理は禁止であると告げ、愛紗も自分の料理のもたらした結果を見て諦めたことを聞いた俺は、もう犠牲者が出ないことを心の底から喜んだ。
 その後、雛里と朱里の二人からはどちらのクッキーが好みだったか問い詰められ、どっちも大好きだと言うと二人共が顔を赤くしながら少し怒っていた。




蛇足〜その日、月ちゃんと詠ちゃんは

「いつもありがとう詠ちゃん」

 侍女仕事を終えて二人の部屋でゆっくりしていると月が突然そんなことを言った。

「どうしたの急に?」
「昨日雛里ちゃんから聞いたんだけど今日は―――――っていう日らしいの」

 月から説明されて思わず感嘆の息が漏れ出た。秋斗は結構おもしろい事を知っている。
 ばれんたいんでぇ、か。ボクも何か月と雛里に贈りたかったな。あと、ついでに秋斗にも。

「何も用意出来なかったから、言葉だけだけど」
「それでも嬉しいわ。じゃあ、ボクからも……いつもありがとう、月」

 ふにゃりと微笑んだ月の顔を見てボクの口元も綻んでしまう。
 この表情が見れただけでも嬉しい。感謝してあげるわ、秋斗。

 明日にでも二人で日頃の感謝の言葉を伝えよう。
 遅れたけど別にいいわよね。

――――――
読んで頂きありがとうございます。
こんな拠点フェイズ、如何でしたか?
愛紗さんの料理は封印指定です。
チョコは店長がいない限り簡単に作れるわけないのでクッキーにしました。
本編はがっつりシリアスなのでこんなギャグもたまにはいいかな、と思い即興で書き上げました。
日曜までには本編を投下します。

ではまた
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