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海戦型さん
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2019年 01月 07日 (月) 23時 47分
▼タイトル
冒険者ギルドの受付嬢を書いてみる7
▼本文
 
 ギルドの受付嬢には様々なルールがあります。
 恋愛禁止とかはないですが、特定の冒険者に肩入れするのはいけません。開示する必要のある注意事項は全て説明しなければいけないし、秘匿義務もあります。他は驚いたこととして、妊娠すると休暇の末に書類仕事に回されるというものもありました。受付嬢は一種のアイドル扱いなのです。

 しかし、ギルドの人間にはもっと単純で深い不文律が存在します。
 その一つに――『冒険者の墓参りに行ってはいけない』というものがあります。

 受付嬢ちゃんは最初、それがどういう意味なのかよく理解できませんでした。墓参りなんて普通はするべきことに分類されるのではないのか、ちょっと仲の良かった人の墓にくらい参ってもいいのではないか……この話をしてきたベテランさんは儚げに笑いながら「いつかポニーちゃんにもわかる日が来るわ」と言い、それ以上は語りませんでした。

 今になって思えば、そのことを一番よく理解しているのはイイコちゃんで、きっとメガネちゃんはまだ知らないと思います。ギャルちゃんは、正直よく分かりません。一番分かりやすいようで、一番何を思っているのか分からない人です。

「……茂みの奥にね、あったんだぁよ。近くに血の跡と、あとは骨が少々ぉ」

 日も大きく傾き出した頃、クエストを終えた奇術師さんが仕事途中に発見したとあるものをカウンターに持ち込みました。その名はテレポット――高度な古代術式を解明し開発された神秘道具(カバラエールメ)です。その効果は「小さい空間を大きな空間に拡張した、持ち運べる倉庫」。受付嬢ちゃんの目の前にある、拳が二つほどしか入らなそうな入れ物の中に、馬車の積み荷一つ分ほどの物品を格納することが出来ます。鞄や倉庫という概念を覆す、近年最大の発明品です。

 テレポットは貴重品ですが、冒険者は討伐した魔物の体の一部ないし必要部位を持ち運ばなければならない関係上、レンタルとして貸与されることがあります。奇術師さんくらいの実力者なら自分用のテレポットを購入する――というか恐らく奇術師さんが今月金欠であるのはポットのローン支払いのせい――ことも多いですが、レンタル品には照会番号が刻まれています。

 今、受付嬢ちゃんの目の前にあるテレポットの底には照会番号が刻まれています。1週間ほど前からクエストを受注して出て行ったっきり戻ってこなかった、とある冒険者に貸し出されたものでした。
 近くに血の跡。そして骨。
 戻ってこない冒険者と戻ってきたテレポット。
 導き出されるのは残酷な答えです。

「周りを調べてみぃたが、多分ワルフに一通り喰わぁれた後だったのだろう。死因はちょっと分からないが、あの辺は時折アヤタルが出没するからその辺かね。骨の散乱してたあたりは草が枯れ、ワルフっぽぉい腐乱死体もあった。食あぁたりは怖いね」

 貴重な現場状況の報告に感謝すると、「義務だしねぇ」とやんわり気にしないよう言われました。
 アヤタルは毒蛇の魔物で、その毒は解毒剤なしに耐えられるものではありません。基本的には弱いのですが、解毒剤を持っていない状態で一撃でも毒を受ければ死は免れないという、人によって極端に危険度が変わる魔物です。

 このポットの持ち主は決して評価の低い冒険者ではありませんでした。しかし、アヤタルは森林に生息し、数こそ少ないものの不意打ちを受けることがあるのを子細にあの冒険者に説明していたかと言われると、必要性と現実の狭間が揺れます。
 念のために明日に現場周辺を探索してもらい、もし生存の可能性なしと判断された場合はこの冒険者は死亡扱いになります。未達成ペナルティはギルドが背負い、彼の遺したすべてが彼の血縁者など近しい人に送られ、終わりです。

「ま、冒険者であるぅ以上は怠った側の責任だぁね。ではさらば」

 さぱっと話を切った奇術師さんは指をパチンと鳴らし、いつの間に出したのか白い花をギルドの花瓶に放り込み、去っていきました。彼なりの鎮魂らしいです。受付嬢ちゃんは書類を整理し、一度ため息をつき、次の冒険者さんを呼びました。

 自分に関わりのあった人が一人死んだと知ったとき、受付嬢にはその死を悼む時間も涙を流す時間も許されません。思い出に浸るなど言語道断です。何故ならば受付嬢の仕事とは冒険者さんの利益になるよう迅速にクエスト書類を処理し、そして冒険者さんが無駄に死なないために的確にアドバイスすることです。
 死んでしまった人のことを振り返ることが、今を生きる人々より優先されることはあってはならない。特別にこの人のときだけ、などと甘ったれた特別を自らに許してはならない。営業スマイルを維持して前を向いて、次に向かって頭を切り替えなければならない。
 時にそれを非難がましく見る人も、怒鳴りつける遺族もいます。
 しかし受付嬢はその全員が例外なく、それらを甘んじて受けたうえで業務を続行します。

 これは、受付嬢となった人間が等しく背負う業なのです。

 決して悲しくない訳でも悔いがない訳でもありません。しかし、命がけの戦いに挑むのが冒険者であり、そこに死者が出るのは必然です。その全てにシスターの如く敬虔な祈りと然るべき儀式を施すことは、受付嬢が受付嬢である限り絶対に出来ないのです。
 そして冒険者さんたち全員に平等であらねばならない受付嬢は、墓参りをするならば須らくそのすべての犠牲者の墓に参らなければ道理が合いません。十分説明をした結果死のうが、説明不十分で死のうが、そこに優劣を見出してはいけないのです。

 だから、受付嬢ちゃんは『冒険者の墓参りに行ってはいけない』のです。

 やがて日が沈み、冒険者たちが仕事を終えて報告に次々に訪れ、忙しさに忙殺される中で、死んだ冒険者さんに内心で割いていた意識も薄れていきます。そうなってしまった自分を少し悲しく思うこともありますが、それでも冒険者たちを一人でも生かすための戦いは続きます。

 と――。

「…………戻った」

 なんと、問題の依頼に出た重戦士さんが帰還しました。流石に帰還は早くとも明日になるかと思っていた受付嬢ちゃんは驚きのあまりおかえりなさいをどもってしまいました。

「…………出現したのは、アシュラヨモツだった。行方不明になった冒険者六名は死亡。遺品は回収した」

 今度は周囲からもどよめきが起きます。アシュラヨモツと言えば複数の腕を持ち硬質化した鎧のような皮膚を纏った超危険種の亜人型魔物です。複数の腕には複数の武器を所持し、恐るべきリーチと魔物とは思えない技量で数多の冒険者を血祭りにあげてきたその能力は、単体で行動する魔物としては難度10と超大型種に準ずるほど危険視されています。
 それをたった一人で討伐した挙句に遺品回収して日帰り。重戦士さんの途方もない実力に呆れる他ありません。この人、あと30年早く生まれていれば対魔戦役の時代に英雄になっていたのではないでしょうか。

 誰かを特別扱いする気はない受付嬢ちゃんですが、重戦士さんだけは何があっても死なない気がして少しだけ安心を覚えてしまうのでした。
 
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