のつぶやき |
2019年 01月 07日 (月) 01時 06分 ▼タイトル 冒険者ギルドの受付嬢を書いてみる6 ▼本文 ギルドのお客は色々といますが、昼を過ぎてくると重役出勤の不真面目気味な冒険者が増えてくる傾向にあります。言動に問題があったり冒険者活動を行っていない冒険者というのは登録抹消をされるさだめにあるのですが、中には絶妙に不適格要項をすり抜けている人もいます。 子供のお駄賃みたいな安い依頼を処理するついでにギルドホームに無駄に長居して喋りまくる人。その辺の冒険者に片っ端から話しかけてチーム編成にしてもらおうとする人。朝の仕事を終えてベンチで大いびきをかく人。違法ではないけれど絶妙に迷惑な人々です。 ギルドとしてはああいった手合いに逐一注意しているとキリがないため見逃すことにしていますが、代わりに冒険者評価はいつも底辺。真面目に定職に就いた方がいいのでは?と思わないでもない……言葉を選ばずに言えば貧困層にいることを是とする人々が大多数を占めます。 この時間帯にいる冒険者の大きな特徴が二つ、ないし一つ。 自分の話は聞いてほしい。他人の話はどうでもいい。 これらをまとめて『自分本位』の一言で括れます。 それじゃ特徴は一つではないのか?と思うかもしれませんが、実は上記二つを融合させて完成する言葉は一つではありません。今日の前半では自己中心的な冒険者が多かったのですが、これから来る人は一味違います。 「いつものはあるか」 ギルド手続きに「いつもの」なるものはありません、と反射的に出そうとした言葉を引っ込め、掲示板の紙さえ持ってこないその冒険者に営業スマイルを送りながら確認を取ります。コヴォルの討伐ですか、と。冒険者はそれ以外に何があると言わんばかりに憮然とした顔をしました。とても腹が立ちますが顔には出しません。 コヴォル、それは亜人タイプの小さな魔物です。中型犬よりやや小さい程度の大きさでとにかく繁殖力が強く、生まれた子供が僅か3週間で成長して大人になるという成長力と猿よりやや上の学習能力が極めて厄介な存在です。弱いことは弱いのですが、とにかく群れを駆除しきるのが大変なのです。 なお、あまりにも弱すぎて他の魔物の餌にされることもしばしばな悲劇的生物でもあります。 それでも一度外敵の少ない場所で繁殖すれば農作物は根こそぎ荒らすわ人を殺して死体で遊ぶわと悪辣かつ厄介極まりない存在です。故にギルドではこの魔物のみ発見の報告があり次第出来高制駆除依頼を張り出し、金欠冒険者は目撃の噂を聞けば一匹残らず狩り尽くす「小人狩りの夜」という地獄が繰り広げられるので有名です。 ちなみにコヴォルは多くのオスと少数のメスで構成される種族なので、メスの討伐金額がオスよりかなり高めに設定されています。これは少しでも儲ける為にコヴォルの繁殖を待つ冒険者が発生したために導入されたものらしいです。コヴォルはどんなに増えてもメスの数だけは殆ど増えないらしいです。 さて、コヴォルの依頼は問題ですが、目の前の冒険者はもっと問題のある人です。 「それで、あるのかないのか」 何様だと聞きたくなるほど態度のデカイ、30代程度のさん付けしたくない冒険者さん。 自称コヴォルスレイヤーを名乗るこの人は、実際には周囲に浮浪者呼ばわりされています。何故かって?理由は単純明快、髭も剃らない髪も切らないお風呂に余り入らない、冒険者としての装備以外は身なりも汚い……とにかく小汚いのです。 本人はどうやら渋いと思っているらしいですが、小汚いとしか思えません。 仕事はします。コヴォル専門の狩りをしている彼はコヴォルにだけはめっぽう強く、これまでも彼によって迅速に駆除されたコヴォルは数知れず。ミスも殆どなく確かな結果を出しています。しかし臭くて汚いので周囲は全くいい顔をしません。何を隠そう、受付嬢ちゃんも嫌です。 目ヤニのこびり付いた目、近くにいるのが辛いほどの悪臭を放つ黄ばんだ歯、そして微かに動くたびにパラパラ落ちる頭垢(フケ)。人を不快にさせる身なりを極めているとしか思えません。何度も注意は為されているのですが、当人は「コヴォル狩りに忙しいのにそんなことにかまけていられない」と首を振ります。なまじ実績があるから評価がマイナスに落ちず、さりとてプラスにもならないのです。 本人はどうやらそういうのが格好いいと思っているらしいですが、迷惑なだけです。 おまけに世捨て人のような雰囲気を醸し出すくせに毎日欠かさずギルドにやってきて食堂に長時間居座ります。陰口や悪口を叩かれたり絡まれたりしていますが、堂々と無視したり口数少なく言い返しては本を読んだり飲み物を飲んで自分の時間に戻ります。 本人はクールに言い返しているつもりらしいですが、周囲は付き合うのが面倒だし臭いので勝手に離れていっているだけです。受付嬢ちゃんも離れたいです。 ともかく、コヴォルの討伐依頼なら正午ごろに出て既に別の冒険者が受けているのでありません。 そう素直に告げると、浮浪さんはいかにも不満気に鼻を鳴らします。 「俺以外の連中にやらせるとは……ミスして取りこぼしが出れば無駄な犠牲が出るというのに、仕事を全うできるか心配だな」 なんだか微妙にそれっぽいことを言っていますが、そんなに心配ならコヴォル討伐のコツの一つや二つ教えてあげればいいのにと思います。しかし浮浪さんは絶対にそれをせず、誰ともパーティーを組みません。誰も組みたがらないというのが本音かもしれませんが、時々新人に教えを請われると急に先輩ぶりだしたりします。絡まれます。臭いし身なりが汚いので、ほぼ全員が技術をある程度盗み次第彼から距離を取ります。 本人はそういうのが職人気質でかっこいいと思いつつも、実際にはちやほやされたいらしいです。 「冒険者の本分は見た目の格好良さではなく堅実さと効率だ。華々しいことばかりする重戦士が世界を守っているわけではない」 重戦士さんを引き合いに出して急に語りだす浮浪さん。いいことを言っているように思えますが、小汚い身なりと体臭によって周囲に精神的損害を与えているという事実はどうでもいいようです。コヴォル以外の魔物討伐を一切しない件についても特に思うことはないようです。 ちなみに件の重戦士さんも割と仕事一筋ですが、最低限身なりは整えていますし体もちゃんと清めています。そして彼のやる仕事は危険度MAXだけど誰かがやらねばならないという極めて重要な仕事ばかりです。しかも偶発的に発見した未依頼コヴォルも狩っています。本人はそんなことは口にしませんが、時々一緒に仕事をする翠魔女さんの証言です。 どっちが世界を守っているのかと問われればどちらも貢献しているのですが、どっちが清潔で誠実なのか――というか信を置けるかと言えば、圧倒的に重戦士さんです。 「――いや、言っても詮無きことか。依頼がないのならしばし引っ込むとしよう」 そういって彼は身を翻してギルド奥に消えていきました。体臭とフケを残して。 彼が去った後、イイコちゃんが周囲に冒険者に目配せすると同時に控えていた冒険者たちが一斉に動き、彼が通ったあとを清掃し、彼の触れたものすべてをミントの香りの濡れタオルで拭き、そして受付嬢ちゃんのデスクに清涼感のあるお香を設置し「どんまい」と言い残して去っていきました。 ……浮浪さんは以前はイイコちゃんの客でしたが、その身なりも精神性も極めてイヤだったらしく現在は一切近寄らせて貰えない状況らしいです。浮浪さんに対する精神分析結果も全部イイコちゃんがお酒の席で言っていたことだったりもします。 この一点だけは彼女と心が一つになるなぁ、としみじみ思いながら、受付嬢ちゃんはお香の香りで鼻腔にこびり付いた不快な臭いをリセットしました。 この時間帯にいる冒険者の大きな特徴が二つ、ないし一つ。 自分の話は聞いてほしい。他人の話はどうでもいい。 これらをまとめて『自分本位』の一言で括る他に、『自己陶酔』の言葉で括ることもあるのです。 = = ※このストーリーと某ゴブリン殺すファンタジーには何の関係もございません。 |