のつぶやき |
2018年 12月 10日 (月) 00時 23分 ▼タイトル 冒険者ギルドの受付嬢を書いてみる5 ▼本文 午後のお仕事の時間です。お腹が満たされると眠気が誘いますが、そんなものはお仕事が吹き飛ばしてしまいます。冒険者たちは毎日仕事に餓えていますし、ギルド管轄内では頻繁に採集や魔物対策の問題が発生します。受付嬢たちが忙しくなるのは必然です。 さて、基本的に冒険者は基本的には受付嬢に対して一定の敬意を払っています。受付嬢は現場での戦いは知りませんが、現場で起きたことの報告という膨大なデータを元手に最善の道、或いは最も安定した道を指し示すことが出来ます。百聞とは一見に勝る力を持っているのです。 そしてその事実は、逆説的な結果を生んでいるのですが、それはさておきます。 いつの時代にも正義と悪、光と闇があるように、冒険者も皆が皆きちんとしているわけではありません。 例えば、こんな人が受付嬢の元に怒鳴り込んでくる場合もあります。 「受けてないね、そんな依頼!だからキャンセル料なんて知らねぇ!!」 目の前の男性――ナムネ族という猫耳猫尾の冒険者は、昨日までに達成しなければいけない依頼を放置した挙句に、依頼そのものをしらばっくれてペナルティもキャンセル料も踏み倒そうという魂胆です。ものすごく凄んできて内心怖くはありますが、受付嬢とはこういうときこそ毅然とした態度を取らねばなりません。 ちなみに依頼を受注する時点で冒険者本人のサインは必須なので、書類のサインを確認すれば本人であることはすぐさま分かります。しかし油断してはいけません。冒険者はあの手この手でギルドの手続きを欺こうとします。 例えば、自分の子供に報告に行かせて同情を誘い、キャンセル料をまけてもらおうとする。 これは無効です。本人報告以外認められませんし、まけられません。 例えば、確認の書類を出した瞬間にその書類を奪って食べ、証拠はないと言う。 書類破壊の現行犯で即時罰金に加え、冒険者登録を永久抹消されます。 例えば、そもそも報告にすら来ずに無視してギルドに訪れない。 この場合、死亡と判断されて財産が強制差し押さえです。逃亡の場合は指名手配されます。 例えば、双子の人やそっくりさんがやったと主張し、自分ではないと言い張る。 犯人逮捕のために一時的に冒険者資格を差し止め、犯人の証拠が見つかるまで依頼を受けられなくします。 とまぁ、このようにキリがないほど起きてはその都度対策が立てられるキャンセル逃れとの戦いの記録が、受付嬢たちの背中を押してくれます。さぁどうなる、と思って書類を確認した受付嬢ちゃんは、唖然としました。 「ホラここ!名前の綴りが違う!ほーら俺じゃなーい!ほーら俺悪くなーい!」 これは痛恨のミスです。どうやらこの冒険者、サインの際に綴りを変えて違う名前になるよう細工をしていたのです。既に書類は上司を経て正式に受諾されている以上、違う名前で行われた登録は依頼そのものが無効となります。 ちなみに書類を処理したのは受付嬢ちゃんということになっていますが、よく見ると名前の筆跡がイイコちゃんです。杜撰な仕事の押し付けか、遠回しな嫌がらせか。恨めし気にちらりとイイコちゃんを見やりますが、素知らぬ顔で仕事を続けています。 さて、ピンチです。勝ち誇ったように見下してくるこの傍若無人なる輩を黙って返す訳にはいきませんが、ギルドのミスであるならば一応ながら筋が通ってしまいます。ミスのいい訳ではなく書類の不備を突きつけてくるとは、姑息ながら有効な手段を舌を巻かざるを得ません。 このまま為す術なく敗北してしまうのか――いいえ、そんな訳はありません。これまで数多の先輩たちが姑息な輩の悪辣な手段を打ち破ってきたように、今こそ受付嬢ちゃんが新たな道を示すとき。 受付嬢ちゃんは、メガネちゃんにこの書類の筆跡鑑定を依頼すると声高らかに宣言しました。 「ヒッセキ……カンテー?ってなんだ?」 受付嬢ちゃんは説明します。人の書く字にはクセがあるので、そのクセを調べれば字を書いた人を予測できるのです。敢えて思いっきり自信満々に出来ると断言しました。この手の相手にはハッタリを効かせて断言してしまう方が有効です。 効果は覿面。筆跡鑑定という言葉に馴染みのなかった冒険者は受付嬢ちゃんの言葉に仰天しています。ここしかない、と受付嬢ちゃんはメガネちゃんに声をかけて過去の書類とこの書類の筆跡鑑定を大至急お願いします。さらに追撃とばかりに、もしここで筆跡が一致した場合、公文書の偽装という罪を以てして即時罰金、および冒険者資格の永久抹消を覚悟するよう堂々と言い放ちました。 「な、あ……!?ふ、ふざけんな!何の権利があって俺の冒険者資格を消すってんだ!!」 別に消すのは受付嬢ちゃんではありません。受付嬢ちゃんは不正を報告するだけで、それを元に罰金を取った上で資格抹消を命じるのはギルド上層部です。そしてギルド上層部は不正を行ったり素行に問題のある冒険者に決して優しくはありません。 動揺のあまり後ずさる冒険者。と、冒険者の背中が背後にいた非常にガタイのいい冒険者にぶつかり、背後から盛大に睨まれます。 「ようニイちゃん。お前さんが書類偽装だとか冒険者じゃなくなるとかそんなことはどうだっていいんだがよぅ。手前の後ろに人が並んでるのを忘れんじゃねえぞ?」 ガタイさんが意味もなく拳をバキバキ鳴らして見下ろします。気が付けば受付嬢ちゃん以外のカウンターに並んでいる冒険者たちも白い目で彼を見つめています。不正をする馬鹿のせいで評判を落とされるのは冒険者全体にとってのイメージダウンです。 受付嬢ちゃんは今出来る最高の営業スマイルを浮かべ、今のうちに白状するなら罰金だけで済みますよ、とトドメを刺しました。 冒険者さんは泣く泣く負けを認め、周囲は勝利を収めた受付嬢ちゃんにスタンディングオベーションです。その陰でイイコちゃんが舌打ちした気がしますが、勝ったのは自分なので気にしませんでした。既に彼の前科は冒険者備考欄に乗ったため、二度目の諍いはより容赦のないものになるでしょう。 実のところ、こうして性質の悪い冒険者と戦う受付嬢ちゃんの頑張っている姿も彼女の人気の一因だったりします。 |