のつぶやき |
2018年 12月 08日 (土) 02時 17分 ▼タイトル 冒険者ギルドの受付嬢を書いてみる4 ▼本文 受付嬢ちゃんの仕事はその後も続き、休憩時間の昼になるまで続きました。 ほとんど喋りっぱなしなのでこの仕事は喉が資本です。以前に風邪をひいて喉がやられたまま仕事に入ったときは、声がカスカスで冒険者さんたちに聞き取れないという失態をやらかしたのを今でも思い出します。なので休憩に入ると同時に蜂蜜入りのミルクで喉を潤すのが受付嬢ちゃんの習慣です。 さて、お昼の時間の楽しみといえば、やはり食事です。 ギルド内には食堂が存在しますが、受付嬢ちゃんはこの食堂を殆ど使いません。それなりに格安ではあるのですが、ギルド内にある関係上か料理のボリュームが冒険者向けで、しかも冒険者たちに絡まれて心休まらないからです。 本当はお弁当でも作れればいいのですが、残念なことに受付嬢ちゃんの料理の腕は平凡をやや下回る程度です。積極的に作る気にはなれません。なので、受付嬢ちゃんはいつもギャルちゃんとお昼を食べに町に出ます。 ほかの受付嬢はというと、メガネちゃんは一人で食べるのが好きで、イイコちゃんは他の冒険者さんにチヤホヤされているのでお昼はいつも誰かの誘いを受けてレストランです。それに、ギャルちゃんは町の情報をたくさん仕入れているので穴場や新しいお店に詳しいのです。今日はいきつけのお店に出発です。 今日いくのは東方の料理を扱う珍しいお店、椀々軒です。 「らっしゃっせー!あ、ポニーちゃんにギャルちゃん!左端のテーブル空いてるからそこにどーぞ?」 「サンキュー、看板娘!」 お店に入ると同時に威勢のいい挨拶と、親し気な案内。椀々軒の看板娘ちゃんはケレビム族という犬耳犬尾の種族です。ちなみにコックさんもケレビム族。ケレビム族は東方の大国の主要種族です。 受付嬢ちゃんはこのケレビム族の作る郷土料理がお気に入りです。山菜や魚をふんだんに使い、この辺りでは見たこともない不思議な調味料で作られる料理の数々は、ヘルシーな上に美味しいのです。そもそもお店を紹介されたときも、ヘルシー料理で一番美味いとギャルちゃんに紹介されたからでした。 と、二人で座った席に別の人が近づきます。 「相席宜しいかしら、ギャルちゃんにポニーちゃん?」 「おお、翠魔女じゃん!いーよいーよ、座った座った!もう町に戻ってきてたのか?」 「ええ、つい先ほど。ここのお店の料理を久しぶりに食べたくて寄ってみたら、偶然ね」 受付嬢ちゃんも久しぶりに出会う翠魔女さんに挨拶します。今日も彼女の翠色の長い髪は美しい光沢を纏い、浮世離れした美しさに思わずため息が出そうになります。 翠魔女さんはゼオム族という極めて珍しい種族です。ゼオム族は耳が尖り、美形が多く、そして強大な術を操ります。今、この世界で最も術への造詣が深い種族は誰かと言われれば間違いなくゼオム族で、そのゼオム族は天空都市に住まい、ほとんど外の世界に出ません。ただゼオム族というだけで、既に翠魔女さんは極めて珍しい人なのです。 さて、件の翠魔女さんですが、実は彼女は「薬師」、つまり調合師でもあります。彼女はこの町を拠点に冒険者や一般人に薬を売りつつ、近隣の村々を定期的に回って常備薬も売っています。とある事情からこの大陸では「薬師」は貴重な職業で、都市部を離れた村々は薬を手に入れるのが大変なので、彼女の行商に助けられている村も多いようです。 ちなみに冒険者でもあり、時々貴重な薬の原料となる魔物を狩るためにその魔法を振るいます。戦闘は専門ではないと本人は言っていますが、術の威力ならこの町のギルド登録冒険者内で最強。他の術士さんたちは「あの威力でどの口が言うんだ」とよく落ち込んでいます。 やがて料理が運ばれてきて、三人で美味しい料理に舌鼓を打ちます。 「ここ最近は何か変わったことあったかしら?」 「うーんアタシの把握してる情報は多すぎてどれから言えばいいのか……ツリ目先輩の新彼氏がなんと交際から6日保って記録更新したとか?」 「相変わらずねあの子……」 ギャルちゃんの豊富な情報は、いろいろと網羅しすぎてどうでもいい情報も多いのが玉にきずです。かくいう受付嬢ちゃんも思いつくのは冒険者の愚痴ばかりで、やっと出てきたのは重戦士さんが向かった謎の魔物調査くらいでした。 「……最近、ちょっと多いわね」 「何が?」 「新種の魔物。村を回ってるうちに聞いたんだけど、他所でも出てるみたいよ。鉄鉱国では大砲王が直々に出撃するほど強いのが出て、山が一つ吹き取んじゃったんですって」 「それ、また大砲王が『新しい大砲の試射にちょうどいいわ!』って言いだした系では……」 「それもある」 「だよねー。そして吹き飛んだ山はついでに開拓されて新しい基地になってるとか!」 「すごい、よく知ってるわね」 「実家が鉄鉱国の近所なもんで!いやー、子供の頃に見たあのギガンティックデストロイドランブリングデモンブレイクグローリーカノン試製零號は忘れられないっすわー!」 極めて難解かつ珍妙なネーミングの大砲をすらすら喋るギャルちゃん。受付嬢ちゃんとしてはそのギガンティック何某がどんな見た目の物体なのか非常に気になるところです。彼の国は機械(マキーネ)という古代技術を解析して割とトンでもないものを作ることに定評があります。 しかし、冒険者を脅かす新種魔物が増えるというのは、ギルドの人間としては聞き逃せません。新種の魔物が出始めるのは魔物の大侵攻の前触れだと昔から言われているからです。 「超国家条約で足並みが揃うといいんだけど、相変わらず天空都市は我関せずと空飛んでるし、歴王国の医療独占は相変わらずだし、氷国連合は何考えてるか分からないし……」 「ま、なるようにしかならないんじゃね?それに必ず起こるとも限らないし、だいぶ先になるかもしんないし」 「そうね……なるだけ前兆を見逃さないようにしつつ、備えだけはしておかないとね」 本当に魔物の大侵攻の前触れならギルド本部から情報が来るでしょうし、指針を決めるのもギルド本部です。受付嬢ちゃんに出来る事と言えば、いつも通り冒険者がより生き残れる道を指し示すだけです。午後から更に仕事に気合が入りそうです。 「……頑張り過ぎちゃ駄目よ?気負い過ぎも。人間、助け合ってこそ何かを変えられるんだから」 翠魔女さんはやる気を出す受付嬢ちゃんに苦笑いしつつ、優しく頭を撫でてきました。子供じゃない、とちょっとムっとした受付嬢ちゃんですが、そういえばゼオム族は世界一の長寿族だったことを思い出して抵抗を止めます。予想が正しければ翠魔女さんは若く見えども年齢の方は低く見積もっても600歳オーバー。お母さんどころか先祖くらい年上です。 そう考えた瞬間、頭を撫でる手がアイアンクローに変わりました。 |