のつぶやき |
2016年 12月 13日 (火) 23時 46分 ▼タイトル 妄想物語30 ▼本文 もっと熱くなりたい。 = = 聞き込みによる情報収集は、予想よりはスムーズに事が進んだ。 まず、外灯の上の上位種呪獣は試験開始前から存在した可能性が高いことがすぐに判明した。 あの外灯のエリアでは、ここ最近複数名の呪法師が行方をくらましているらしい。当然砦の人間も馬鹿ではないので外灯の上に呪獣がいる事には思い至っていたが、ここで何故かローレンツ大法師から待ったがかかり、討伐は為されていないという。 情報収集がスムーズに行った要因に、ローレンツ大法師への不信を感じた。 当然だろう。犠牲者が増えることが分かり切っていながら、大法師はその討伐に待ったをかけたのだ。結果として犠牲は増え、討伐中止の理由を語らない大法師の態度に対する不満はかなり高まっている。 それでも表立って波が立たないのは立場の差故。 告げ口が饒舌であったのは法師としての矜持故。 大法師の判断は理解に苦しむものだ。彼の命令一つがあればドレッドは死なずに済んだし、更なる犠牲も生まれなかっただろう。そこにどんな理由が存在したにせよ、トレック・レトリックという男の中でこの遺恨は大きなものだ。 一方、試験に参加した学徒からの話から得られた情報は少なかった。 そもそも学徒の中であの呪獣に襲われた人間の数が少なく、犠牲者はドレッド達を含めて十数名程度しか出ていなかった。しかもそのうち3組は全滅しているため生存者がおらず、生き残りも「突然いなくなった」という代り映えのない情報ばかりだった。 ただ、一つ気になったことがある。 襲撃を受けたメンバーで犠牲になった人間に共通項はなく、逆に生存者では必ずペトロ・カンテラを所持した人間が生き延びている。全滅もあるしケースが少ないために偶然とも受け取れるが、数少ない情報だ。 (やはり上位種の呪獣とて光は怖いということか?) しかし、犠牲になった呪法師もペトロ・カンテラの光の届く中には居た筈だ。つまり短時間ならカンテラの光に入っても問題はないと考えるべきだろう。となると――単純に真上から攻撃する際にカンテラが邪魔になるだけだろうか? それはそれで少し引っ掛かりを覚える。短時間光の中に入ることができ、なおかつ人間一人を容易く持ち上げる力があるのなら、いっそペトロ・カンテラの破壊ないし無力化を試みるのが道理ではないだろうか。無論、呪獣がそこまで高度な知識を持っていればの話だが。 今のところ予想ではこの呪獣は外灯の上から人間に奇襲を仕掛けているとみて間違いない。 その根拠は、犠牲者の遺留品が全て音を立てて地面に落ちたという証言があるからだ。事実、ガルドの杖も音を立てて落ちたし、ガルドの者と思しき血があった以上は攻撃を受けたと考える他ない。死体の在処は、常識外れの膂力で吹き飛ばされたか釣り上げた直後に喰われたかの二択。 目撃証言では遠くから落下音が聞こえたり死体が周囲で発見されたという事実がないため、高確率で喰われているだろう。致死量の血痕も未発見だ。 (――集められる情報としては、こんなものか) 集めた情報を書き込んだ手帳をぱたんと閉じ、他に必要なものを考えうる限り考える。 現在考え付く最善にして、自分の手に入るものを――。 「…………ギルティーネさんに差し入れあげないとな」 何故か頭の中におなかを空かせて涎を垂らしているギルティーネ犬の姿が思い浮かぶ。 最初に手に入れたのは、軽食だった。 = = それとなく勝手なイメージで、ギルティーネという人間は乱暴で野性味のある人なのではないかと考えていたのだが、その偏見は直ぐに改められることとなった。 軽食とスープを部屋に持ち込んで食べるよう指示すると、ギルティーネは見ているこちらが驚くほどに上品な手つきで食事を開始した。別に自分が食事マナーを知らない訳ではないが、彼女の動きは何十年とそうしていたように堂に入った気品を感じた。 (……実はそれなりの身分の出身だったのかもしれない) 最初は人食いの犯罪者だというイメージに囚われがちだったが、もし彼女が高い身分の人間だとしたら彼女の戦闘技術は幼い頃から仕込まれたものだったのかもしれない。こんな致命的な欠落さえ抱えていなければ、もしかしたらこうして出会うこともなく永遠に出会わないままだった――いや、それは所詮仮定の話だ。論じることに意味はない。 敵の呪獣に対抗する方法を考えた結果、俺は一つの結論に達した。 敵の事情の全てを探れない以上、敵が何かをする前に封殺する方法を考えるしかない。 (まず・ペトロ・カンテラだ。普通だと一人もしくは一チームにつき一つしか支給されない貴重品だが――今だけは複数扱える) 犠牲になった呪法師の遺品は家族に送られるのが基本だが、ペトロ・カンテラはレンタル品だ。無事に見つかればそのまま管理する部署に返されるだけ。なので、犠牲になったグループ分のカンテラは明日サンテリア機関に戻るまで誰の所有物でもなくなる。 折りたたまれて年輪のように複数の輪が重なった形状になったペトロ・カンテラを帰りの馬車から二つほどちょろまかした俺は、計三つになったカンテラを並べる。 後は呪力を込めれば三倍の明るさで上をカバーすることも、三倍の広さを照らすことも出来る。今、このタイミングにしか取る事の出来ない贅沢な装備だ。使い方に気を付けなければいけない。 他の装備も並べる。回転式拳銃『タスラム』とその弾丸――触媒の泥水――そして、ガルドの作ったものを真似て作成した『灯縄』。使うかどうかは分からないが、あらゆる状況を憂慮して一応持っておく。願わくばこの縄がガルドの無念を晴らす鍵にでもなればいいが、そう上手く事は運ばないだろう。 光源杖は管理が『境の砦』の管理だったために持ち出せなかった。どちらにしろ今回の作戦ではあまり役に立たない代物だろうから、そこはすんなり諦めた。 (後は――ギルティーネさんとあの剣かな) これは、俺がどんな作戦を立て、そしてギルティーネさんをどう使うかで全てが決まる。ギルティーネさんはその立場と欠落の性質上、命令を聞くか命令主を護るかの二つの行動しか取れない。そして後者が前者より優先される以上、俺の立てた作戦がギルティーネさんに却下される形になったらもうどうしようもない。 ギルティーネさんはきっと俺より高い技量を持ち、恐らく『樹』の呪法にも長けている。『樹』の呪法は極めれば並々ならぬ気配察知能力を得ることがあると聞く。そう考えるとギルティーネさんは『熱』、『錬』、『樹』の3行が扱えるのだろうか。 彼女も欠落者である以上はどこかの呪法適正が欠落していると思われる。『地』か『流』か――両方か、よくても片方は使えないだろう。 そこまで考えて、はっとする。 (そうだ、なんで今までこんな簡単なことを確認しなかったんだ。ギルティーネさんの使える属性を――!) なにも道具は自分が使わなければいけない訳ではない。 そして技量的には恐らくギルティーネの方が圧倒的に高い。 だったらあの剣を用いた接近戦闘能力に囚われず、もっと別の――。 「ギルティーネさん、確認したいことがあるんだけど……ご飯は食べ終わった?」 「………………」 ギルティーネは軽食を取り終え、静かに席を立ってこちらに来た。 もし俺の予想通りに彼女が『樹』にも秀でているのならば、もう敗走などありはしない。 |