のつぶやき |
2016年 09月 10日 (土) 18時 36分 ▼タイトル 妄想物語28 ▼本文 読者に何も言わずに欠落持ち→欠落者・普通の人→無欠者に変更する人間の屑。時間できたら過去の文章も書き換える。 = = 前に心理学の授業で聞いた話だが、かつてこの大陸でアルバートという『欠落者』の学者がこんな説を提唱したらしい。 『人間の第一印象はその殆どが視覚的・感覚的印象に依拠し、発言内容などの聴覚的情報が及ぼす心理的印象は少ない』――だっただろうか。これを極めて簡単に解釈すると、人間の第一印象は見た目で決まっているという事になる。 この説は、『欠落者』の性質によって理解できるかできないかが二分され、理解できる側に属する存在は諜報・捜査機関である『追走する豹』の適正が高いらしい。 というのも、この説はアルバートが当時人口を2分するほどに増えていた『無欠者』をひたすら観察して立てた説であり、逆を言えばこれはアルバートが『無欠者』の心理を理解できる珍しいタイプの『欠落者』だったことを意味している。そして『追走する豹』は『欠落者』、『無欠者』を問わず危険因子や潜在的配信者を調査・追跡する存在であるために一定の感情に対する理解力が必要になるため、必然的にこの説に納得できる人間でなければ『追走する豹』には適さないという理屈だ。 さて、その理屈に則るならばギルティーネ・ドーラットという少女は人間が人間を判断する基準の一部が欠落しているということになる。或いは言葉を省き、すべてが外見的特徴で判断されると言った方が正しいのだろうか。学者ならぬトレックには判別のつく話ではない。 トレックには、未だにギルティーネという女の人物像が把握できていない。 もしかすると、彼女が言葉を発しない限りは永遠に不可能なのかもしれない。 だが、それでも共に行動していた間に垣間見えたほんの僅かな人間味が、頭にこびり付いて離れない。 彼女が何を考え何を望むのかはトレックには分からない。 ただ、彼女にとってはあそこにいるより外に出ていた方が都合が良い筈だ。その方が、あの教導師が口にしていた「あのお方から与えられた機会」を有効に利用することが出来る。彼女を連れて何をするかまでは朧げにしか決めていないが、彼女を連れることによるメリットはある。……美女を侍らせることが出来る、などという俗なメリットではない。断じて。 結局、彼女は誰かの都合で動かされている。 トレック自身も恐らくそうなのだろう。 だからこそ、その誰かの都合の中で出来ることを探さなければならない。 トレックはもう一度、『断罪の鷹』の護送車の檻の鍵を開けた。 外の陽光が嘘のように闇に塗りつぶされた空間に光の道が通り、その道が再び鎖に繋がれたギルティーネ・ドーラットを照らす。突然の光を感じ取ったギルティーネの重苦しい鉄仮面が微かに上を向いた。 第一印象と第二印象は全く違うな、とトレックは思った。 最初はこの拘束衣に包まれた鉄仮面の犯罪者の得体がしれず、恐怖ばかりが先行していた。 しかし今はそうではない。この鉄仮面に無理やり髪を押し込められた一人の少女がいることを、トレックは知っている。矢張りアルバートの説は時と場合によっては当て嵌らないものだな、と内心で小さく笑いながら、今度は淀みなく彼女の拘束を一つ一つ外していく。 鉄仮面を外すと、昨日あれだけ梳いたのにまたくしゃくしゃに乱れてしまった黒髪が中からずり落ちる。後でまた梳くか、と考えながら、猿轡を外した。以前は拘束が解かれた途端に立ち上がっていたが、今回は少し待っても立ち上がらなかった。 どうしたのだろう、と首を傾げ、はたと思う。以前トレックが来た際は既にあの教導師に一通りの説明を受けていたのだろうが、今回は突発的な話だ。彼女は事態が飲み込めていないのかもしれない。外した拘束具を床に置き、ギルティーネの目の前へ移動する。相変わらずの無表情の筈だが、トレックにはその表情がどこかきょとんとしているように見えた。 「ギルティーネさん、立って。悪いけどまだ仕事は終わってないんだ」 「……………………」 「はい、鍵。先に外に出てるから、法衣着て武器持って出てきてね」 本来は渡してはならないのだろうが、ギルティーネが鍵を悪用して脱走などすることはないだろうと思ったトレックは、彼女の手に鍵を渡して外に出る。前は突然目の前で着替え始めるものだから精神的に大変だったが、来ると分かっていれば恐れることはない。 ………恐れるって何をだ?などと自分に疑問を抱きつつ、トレックは牢屋を出て、馬車内のソファに座る。牢屋の中から布のこすれる音と鍵を開ける音が聞こえ、少しの間を置いて扉が開く。 視線を向けると、そこには昨日出会ったあの時と同じ法衣を身に纏い、サーベルを帯刀したギルティーネの姿があった。いつもの無表情化と思いきや、外の眩しさに少しだけ目を細めている。 トレックの姿を見つけたギルティーネは、自分の命運をも拘束する鍵束を躊躇いもなくこちらに突き出してきた。トレックはそれを無言で受け取り………そして、少し躊躇いがちにギルティーネの頬を手のひらで撫でた。まるで彼女の存在を確かめるかのように。 手の平から伝わるのは、女性的な柔らかさと確かな人間の温かさ――こんな暖かさを持った人間が、いつまでも冷たい牢獄に幽閉されるのは間違っている。そう、自然と思った。 「ごめん、しくじって。今回のチャンスでどこまで挽回できるかは正直分からないけど、俺を信じて着いて来てくれないか」 「……………………」 ギルティーネは首を振らず、声も出さない。ただ、その目線が少しだけトレックの手のひらに落ち――視線はトレックの顔へと戻った。その視線が了承の意を示しているのか、それとも拒絶や飽きれを示しているのかは今のトレックには判別できない。 ただ、考えが少しずつ形になってきたことは確かだ。 今から自分がやる事。ギルティーネの為にやる事。死んだ仲間の為にやる事。それら全てがバラバラのようで、一つの目標を浮き彫りにさせる。 「全てのケチの付き始め――外灯の上に佇む上位種を俺達で討伐する」 それが、納得できる道だから。 |