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海戦型さん
のつぶやき
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2016年 04月 18日 (月) 00時 23分
▼タイトル
妄想物語14
▼本文
 
「どうやら彼の後ろの『獣』を刺激してしまったらしい。敵意を鎮めたまえ、あれと戦う気か?」

 何の事だ――と告げようとした刹那、視界の端を筆で描いたようにしなやかな黒が躍る。

「………………」

 静かに、ひたすら静かに、それはトレックの前に躍り出る。
 灯薪が微かに立てるパチパチという音だけが響く空間を塗り潰す、首筋にカミソリを添えられたような鋭い敵意が『トレック以外の全員』に向けて突風のように叩きつけられた。そして、その凄まじい敵意はたった一人の人間から放たれている。

 ギルティーネ・ドーラットだ。

 何の音も言葉も前触れもなく、しかし彼女は剣の柄に明確に手をかけて。その瞳は灯薪の生み出す陰影のせいか、まるで飼い主に危害を加える敵に牙を剥いているかのように鋭く、そして見る物の恐怖を掻きたてる。余りの威圧感に、ステディと呼ばれた少女も控えていたもう一人も手にかけた武器を抜けないまま凍りついた。
 ただ、ドレッドは違った。彼女の凄まじい敵意を浴びて尚、彼はそれを受け流したうえでごく自然体で話を続ける。

「………ドーラット嬢の腹の虫の居所が悪いのなら、この誘いは断ってもらっても構わない。我々だけでは試験を突破できない道理がある訳でもない以上、無理強いをする権利もない。こちらは頭を下げる側、そちらは是非を選ぶ側……駄目なら大人しく引き下がろう」

 不気味なまでに紳士的なドレッドに、トレックはふと疑問を覚えた。
 彼にはまだ、ギルティーネの名前を紹介していない筈だ。なのに彼は「ドーラット嬢」と確かに呼んだ。その理由は俺が見ていた書類から推測したか、或いは予め知っていたかの二つが考えられるが、確認も取らずにいきなり姓を言い当てたり彼女の事を『獣』と称していち早く反応したりしていたことを考えると「予め知っていた」と考えるべきだろう。
 そして彼は「彼女に関わらない方がいい」とも口にしていた筈だ。なのに、このタイミングでどうしてこちらと行動を共にしたいなどと告げたのか。

 考えを纏めるには時間が足りない。だが、一先ずギルティーネの剥き出しの敵意を鎮めなければ平和的な話し合いは望めないだろう。

「ギルティーネさん、剣から手を離して俺の横に」
「………………」

 ギルティーネはこちらの言葉を素直に聞き入れ、剣にかけた手を引いて静かにトレックの横に移動した。押し付けられていた重圧から解放されたドレッドの仲間たちが大きく息を吐きだし、額の汗をぬぐう。トレックは相変わらず余裕のある表情をしているが、微かに感心したような目線を送ったのをトレックは見逃さなかった。

「そういうことか、ドレッド・リード。初対面の人間を試すとはいい趣味じゃないな……さてはそっちの二人に『人喰い』の話を伝えてないだろう?敢えて吹っかけて俺が彼女の手綱を握れているか見極めた訳だ」
「なっ……あの女が『人喰いドーラット』だと!?」
「ど、どういうことですか……ドレッド様!!」

 ドレッドの仲間二人にあからさまな動揺が走る。元々『人喰い』の話は『鉄の都』でしか広がっていないそうだが、ドレッドから何かの拍子に聞いたことがあったのかもしれない。どちらにしろこれでハッキリした。
 彼はかなり知的であらゆる事態を想定している印象を受ける。その気があれば、予めギルティーネを挑発するような真似はよすよう二人に伝えておく事も出来た筈だ。それをしなかったのは、敢えて敵と完全にみなされないギリギリの範囲で挑発させ、こちらがギルティーネの管理をきちんとできているかを試したかったからだ。

「――正直、君が彼女の髪を梳いている光景を見た時点で9割ほどの確認は出来ていたのだが、あと9分の確率を埋めておきたくてね。気分を害したなら謝るよ、トレック君……彼女の新たな『安全装置』の役割を受けたのは君だったんだね」
「成り行きで、な」

 また不吉な言葉がちらほら垣間見えて、トレックは内心でうんざりした。どうして当事者である自分が知らないことばかり周囲が知っているのだろう。しかも勝手に試される真似までされた。しかし、同時にドレッドの当初の主張である共闘の意味が少しだけ見えてくる。

 ギルティーネの実力は極めて高い。一度の接敵で複数の呪獣を速やかに撃破する戦闘力を、恐らく彼も知っていたのだろう。恐らく接近戦だけで言えば彼女は今回の試験に参加した中で突出した実力だ。それを取り敢えずでも自分の近くに連れていれば、上位種の呪獣と戦った際の勝率は跳ね上がる。
 また、別の可能性として、彼は予め彼女の動向を探るように送り込まれていた可能性がある。教導師が『断罪の鷹』の馬車で直接連れてきたような存在だ。念を入れてそのような指示を与えられた学徒がいても不思議には思わない。

 ともかく、ある程度事情が見えてきたことでトレックはやっとドレッドの誘いに返答するだけの材料を手に入れることが出来た。

「さっきの話、受けるよ。呪法師の誇りにかけて」

 ホルスターから拳銃を抜いたトレックは、安全装置をかけたその銃口を斜め上に突き出す。ドレッドもまた拳銃を抜き、他の2人に目配せしながら拳銃の銃身をドレッドのそれと重ねた。遅れてステディと呼ばれた少女の杖と、もう一人の拳銃の銃口、そしていつの間にか近づいていたギルティーネの鞘におさめられた剣の鍔がかちりと音を立てて重なった。

 己が命を預ける武器を重ねることで「己と相手の命運が重なった」事を表す呪法師にとって大切な近いの儀式だ。どんなに相手が気に入らないときでも、例え相手の名前さえ知らなくとも、この儀式に応じ、一言唱えたというその事実を持って信頼関係は成立する。

「呪法師の誇りと我が名にかけて」
「呪法師の誇りと、ドレッド様への忠誠にかけて」
「呪法師の誇りにかけて」
「…………………」

 ギルティーネは何も言わない。事情を知らぬ二人の不審が口を突く前に、トレックが彼女の代わりに告げる。

「ギルティーネさんは喋れない。でも自発的に剣を掲げたってことは、誇りをかけて応じたのと同じことだと思う。――これよりトレック・ギルティーネ両名の命運は、試験が終了するまで汝らと共にある」
「ドレッド・ステディ・ガルドの三名の運命も、同じく諸君らと共に在ることを誓う」

 何もかもが不確かな世界で『確かなこと』など、大陸の民にはほとんどない。
 故に、呪法師は唯一『確かなこと』に誓いを立てることで、互いの信頼を誓い合う。
 目で示し合わせトレックとドレッドは同時に告げた。


「「呪いを司りし『悪魔』よ、我らがその誓いから決して逃れられぬよう呪い給え――」」
 

 大陸で絶対を誓ってくれる存在――それは、『欠落』の呪縛で呪法師を縛った『悪魔』を置いて他にあり得ない。
 

 = =


凝ったことを考えるのは苦手なので、この小説にはベースになる時代や神話はありません。神話や英雄譚をベースにした物語は多分私には書けないです。
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