のつぶやき |
2016年 04月 02日 (土) 14時 32分 ▼タイトル 妄想物語11 ▼本文 大陸は、静かに崩壊の道へと歩んでいる。 戦いと豊かさを天秤にかけ続けて1000年の時を経た民は、『欠落』を失い、団結力を失い、危機感を失い、ひたすらに惰性へと堕ち続ける。『欠落』が減っているのは大陸の民の呪いが解かれつつあるから等という思い違った思想が蔓延し、中には大陸の外から流入してきた『神』とやらに絆(ほだ)される軟弱者まで現れる始末だ。 ローレンツは、それでも大法師としての責務を投げ出す訳にはいかない。今や呪法教会の活動資金はレグバ元老院の庇護下にいる家畜のような民たちから捻出されている以上、結果的には守護しなければならない。あの愚昧な存在の為に呪法師が命を賭して大陸を取り戻そうとしているのだと思うと、吐き気を催す。 「悪魔から愛想を尽かされた哀れな贄よ。『成呪の夜』まで今際の幻想に酔いしれるがいい」 辺境の砦からもはっきり見える『朱月の都』の天へと上る灯りを見つめながら、ローレンツは吐き捨てるように呟いた。 と、背後から足音が響く。試験監視をしていた教導師のものだと気付いたローレンツは振り返る。 「何事か」 「はっ。実は、試験に参加した生徒の第一陣がそろそろ砦に辿り着いてもおかしくはない時間なのですが……仮設砦からこちらへ向かう光が途中で途絶えています。あそこは本来ならば呪法師優位の地形……しかも監視班の確認では光源杖の使用も確認できないまま既に4つの灯が途絶えたとのことです」 説明する教導師の顔色はあまり良くない。 ペトロ・カンテラが暗夜の中で灯りを消すのは、理由はどうあれ実質的にチームの全滅を意味する。チームは平均3人程度で構成されることが多いため、既に10人以上の若い命が散ったことになる。確かに呪獣を相手にパニックになって致命的な間違いを犯す生徒は毎年存在するが、折り返し地点を抜けたらほぼ合格決定のようなものである。 にも拘らず、そんな生徒達が次々に消息を絶っている。 なるほど、とローレンツは頷く。 「上位種の呪獣だな。我が砦の兵も数名喰われた」 「……存在を、知っておられたのですか?」 「どこにいてもおかしくはあるまい?1000年前はそこらじゅうで出現したのだ」 「そうではありません。『法師クラスでも討伐しきれてない特定上位種の存在を知っていて試験を敢行したのか』と問うているのです」 上位種の呪獣には大別して2種類が存在する。戦闘能力と数の両面で集団の狩りのように行動する不特定多数のタイプと、高い知能を用いて単独で狩りをする特定タイプだ。特にこちらの盲点や僅かな隙をついて安定的に呪法師を殺害する特定タイプの上位種は優先討伐対象であり、事前情報もノウハウもない学徒の手には余る存在だ。 「唯でさえ呪法師の数が減少傾向にある中で、あたら新米の命を散らしたくないのは呪法教会の総意だと愚考しておりましたが……何故それを機関に報告せず、また討伐もなされておられないのですか?」 「怒っているのかね?」 「いえ、大法師が耄碌したのなら速やかに邪魔な老害の座る砦の席を空けた方が呪法師全体の効率が高まると考えただけです」 明らかに不敬に当たる不穏当な発言に、ローレンツは特に怒りを覚えなかった。『欠落』を持つ人間特有の波長のようなものが受け入れられたからだ。呪法師の人間関係は、全て相性で決まる。相性が良ければどんな暴言も受け入れられるし、相性が悪ければどんな綺麗ごとも耐えがたい不快感を与える。そのような意味で、ローレンツとこの教導師は相性が良かっただけだ。 「君は実に合理的だな。確かにその方が効率は良いだろう。だが……現状でこれ以上数を増やしても、『欠落』持ちの出生率が低下し続ける現状ではさしたる増加は望めない」 「戦力補充が望めなくなりますが?」 「たかだか1年分、しかも教会にそのまま昇るかどうかも定かではない一部の呪法師がいなくなるだけで、呪法教会が揺らぐと?……貴殿の心配することではない」 もう数を増やすほどの時間も残されてはいないからな――と言いかけて、ローレンツは口を閉ざした。気弱な発言は呪法師には必要ない。それに、これはあくまで選定の儀。選ばれし存在を協会に迎え入れるためのものだ。 「あれを倒せる新人が得られるのなら、100の犠牲も安い物よ。残った数個がより強い灯になればそれで良い」 6つの都の連携が薄まる一方の今、呪法師には象徴が必要だ。鮮烈に時代を彩り、新たな風を巻き起こす古き時代の再来――『新世代』という灯が。 遠くを見据えるローレンツに対し、教導師の男はもっと近くを見つめる。 (………こちらの気も知らずに呑気な老人だ。あんたの言う『強い灯』を生かすのがこちらの任務なのだぞ?結界の端まで追いやられた貴方と違い、こちらは『朱月の都』の重鎮から仕事を貰っているというのに、勝手な真似をしてくれる……) 教導師の手には、二束の書類と添付されたモノクロームの写真が握られていた。片側には黒髪の少女の写真。そしてもう片側には、髪の毛先だけ微かに色が違う少し童顔な少年の写真。100の犠牲の中から生き残る素質は十分あるが、絶対ではない。 (基礎教練は叩き込んである筈だし、護衛代わりもつけた。お願いだから死んでくれるなよ?『やり直しは面倒だから』な……) 教導師が遠い目を向けた仮設砦の方角――その砦の目の前に、一組の呪法師が到着する。 「着いた……折り返し地点」 「………………」 「……行くよ、ギルティーネさん。あまり時間をかけたくはないからね」 油断なく武器を構えた写真の二人――ギルティーネとトレックは、闇の中央にぽつんと浮かび上がる安全地帯へ静かに入っていった。 = = 今日はちょい短め。 どうでもいいかもしれないけど教導師というのは「法師(と一部の中法師)」の位の中でも特に実践経験豊富な人間がなれる名誉職で、階級には数えられません。ただ、サンテリア機関は教会の中でもちょっと特別なので、扱いもちょっと特別です。ふた昔ほど前の教師みたいなもの(※昔は教師=人にモノを教える立場=特別な敬意を払う存在、みたいな風潮がありました)。 |