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『銀河英雄伝説 エル・ファシルの逃亡者(旧版)』への感想

投稿者:[非会員]の感想
[2014年 05月 01日 08時 22分]

▼一言
 ヤン・ウェンリーを、「軍人らしい性格」と言うのは、やはり語弊があると思います。
 少なくとも、彼の価値観や思想は、学者のそれであって、軍人のそれではありませんでしたから。

 ただし、「軍司令官向きの性格」と言うのなら、その通りだと思います。

 彼はいわゆる「有能な怠け者」であり、嫌になるほど冷静沈着、かつ理性的であり、軍人でありながら戦いが嫌いで、ゆえに、勝利にも浮かれることがありませんでした。
 価値観が軍人のそれではなく、軍人的な性格でもないから、軍事ロマンに思考や行動を左右されることが無く、作戦指揮も常に理性的、かつ冷徹でした。

 ちょっとしたパラドックスですが、彼は、軍人的でないがゆえに、軍の指揮官としては理想的な性格だったんだと思います。


▼返信
投稿者: 甘蜜柑
[2014年 05月 02日 (日) 23時 41分 05秒]

ヤンの性格は実はまったく学者的ではありません。特に歴史学者とは完全に真逆の資質の持ち主です。

研究というのはきわめて地道な作業です。それもつまらない作業が物凄く多いんですよ。大海の水を茶碗ですくって、海底の針を探す作業といいますか。しかも、一生かかっても針が見つからないことも多いのです。そして、研究者の人間関係って物凄くドロドロしています。個人的な確執、意地の張り合い、派閥争いといった雑音が絶えず研究に入り込んできます。

研究者に向いている人間というのは、宗教家のような強烈な情熱ですべてを乗り越えていける人間か、人間関係の泥沼を平然と泳ぎ渡れる俗物の中の俗物ではないかと私は考えます。一般に言われる世間知らずの学者というのは前者ですね。ヤンのように俗事に煩わされることを嫌い、狂熱とも言える情熱のままに俗事をぶっちぎれるわけでもない合理主義者は研究者に最も向かないタイプです。

逆に軍人にはとても向いています。意味のない面倒を嫌い、凡人が気にかける俗事を気にかけないがゆえに、冷徹なまでに損得を見切れるからです。反骨精神が強いから、土壇場での度胸も有ります。勇猛な軍人には、強烈な反骨精神の持ち主が多いのです。旧日本軍のイメージから、勇猛な軍人というのは上に忠実で言われるがままに死地に赴ける人種と思われがちです。しかし、指揮官に勇猛さを求める英米系の近代軍の名将には、軍隊的な秩序に馴染めずに上に逆らうことが趣味としか思えないような人物がたくさんいます。そういう男は死地に置かれても、決して心がくじけません。あらゆるものに逆らって生きている男は、迫り来る死にも逆らおうとするのです。勇猛な合理主義者であるヤンは、英米系の軍隊が求める最高の軍人の資質の持ち主です。

有能な怠け者という出展不明の格言はともかく、ヤンは軍隊的な秩序に馴染まないし、自ら戦いを求めませんが、いざ戦場に立てば誰よりも果敢に戦います。軍人に求められるのは、ただ一つ。「戦う男」であることです。軍隊的な秩序に馴染んでいるけど、戦う男でない軍人というのは、軍服を着た役人に過ぎません。誰もが戦う男には成り得ないから、次善として軍服を着た役人の出番が多くなるのです。ヤンは軍服を着た役人からは最も遠く、戦う男に最も近い生粋の軍人でしょう。


ヤンは銀英伝で最も軍人的な人物であると私は思います。レンネンカンプやビッテンフェルトが他の仕事をしているところは思い浮かぶのですが、軍人以外の仕事がまともに務まるヤンは想像がつきません。

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